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更新日:2017年5月19日

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遺跡トピックスN0.0185米倉山B遺跡(甲府市)山梨最古の須恵器(すえき)

甲府市の遺跡

(甲府城関連・曽根丘陵公園を除く)

  • 0016岩清水遺跡-古式須恵器-
  • 0042円楽寺-六角堂-
  • 0044円楽寺-六角堂石塔群
  • 0197円楽寺-行者堂と富士山-
  • 0061富士見一丁目遺跡-田んぼ-
  • 0361富士見一丁目遺跡-プラ箱でつくったお米の量と県内の最も小さな区画された水田-
  • 0086知ろう山梨の歴史!山梨の遺跡展2007特集-
  • 0087知ろう山梨の歴史!山梨の遺跡展2007特集-
  • 0140榎田遺跡-壷型土器-
  • 0205榎田遺跡-スプーン状土製品-
  • 0255榎田遺跡-装飾器台-
  • 0321榎田遺跡-甑-
  • 0152八幡神社遺跡-発掘調査速報-
  • 0162八幡神社遺跡-発掘調査速報第2弾-
  • 0191八幡神社遺跡-整理調査速報-
  • 0207八幡神社遺跡-整理調査速報2-
  • 0223八幡神社遺跡-整理調査速報3-
  • 0185米倉山B遺跡-山梨最古の須恵器-
  • 0222米倉山B遺跡ー「貸泉」-
  • 0309米倉山B遺跡-二重口縁壺-
  • 0187上野原遺跡-古道‘中道往還’-
  • 0393上野原遺跡-水煙土器
  • 0238音羽遺跡-転用硯-
  • 0266音羽遺跡-磨製石鏃-
  • 0246菖蒲池遺跡-弥生時代のお墓-
  • 0021塩部遺跡-人形木製品-
  • 0268塩部遺跡-日本最古級のウマ-
  • 0381塩部遺跡-山梨県内の戦争遺跡-
  • 0383県指定史跡加牟那塚古墳-古墳のデータと石室-
  • 0402大坪遺跡-調査速報-
  • 0411久保田・道々芽木遺跡-

0185米倉山遺跡

考古博物館・埋蔵文化財センターの南西にある米倉山一帯は、旧石器時代から古墳時代にかけての遺跡の宝庫として、古くから知られています。
米倉山B遺跡は、米倉山の南斜面に位置する遺跡で、平成3年から8年にかけて発掘調査が行われ、弥生時代後期から古墳時代前期の住居跡や古墳時代前期の方形周溝墓、古墳時代後期の円墳、江戸時代の墓などが発掘されました。

所在地:甲府市下向山町
時代:弥生時代・古墳時代・江戸時代
報告書:山梨県埋蔵文化財センター調査報告書第163集1999(平成11)年
調査機関:山梨県埋蔵文化財センター

0185米倉山B2

山梨最古の須恵器

平成3年の発掘調査では、直径70センチほどの土坑(どこう-あな)から須恵器(すえき)が出土しました。わざと割られたような状態で、破片をつなぎ合わせると口径57センチ、胴(どう)の部分の直径が80センチほどもある大きな甕(かめ)になりました。近くの土坑からも破片が出土し、つながったものもあり、底の部分まで形が残っていれば、高さが1メートルくらいの大きなものになります。

0185米倉山B3

「須恵器」は、朝鮮半島から伝わった窯(かま)で焼かれた焼き物で、日本では古墳時代中期の初め(今から1,600年前)頃から大阪府にある「陶邑(すえむら)」と呼ばれる窯で作られ始められました。その後、平安時代後期(今から1,000年前)まで1,000を超える窯で焼かれた須恵器は、全国各地へ運ばれました。
米倉山B遺跡から出土したこの須恵器も、はじめは奈良時代頃(今から1,300年前)の甕と思われていましたが、整理作業を進めていく段階で、古墳時代でも古い段階の須恵器の可能性が出てきました。そして、大阪へ持ち込み調査したところ、この形の須恵器は陶邑でももっとも古い段階に焼かれたもののひとつであることがわかりました。
これほどの大きな甕を、当時どのようにして大阪から運んだのか興味は尽きませんが、いずれにしても、これは山梨最古の須恵器で、単なる生活道具ではない特別な土器として、ヤマト王権から贈られてきたと考えられます。

 

 

 

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