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更新日:2017年6月16日

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遺跡トピックスNo.0416甲府城跡-本丸-

県指定史跡甲府城跡一覧

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江戸時代に書かれた楽只堂年録(らくしどうねんろく)には甲府城の正確な絵図が残されています。山梨県埋蔵文化財センターでは甲府城跡の発掘調査を行う際、この絵図を参考資料として活用しています。写真1はそうした成果をもとに平成14年に復元された鉄門(くろがねもん)です。

写真1鉄門

0416_鉄門

鉄門を入ると、東西60m、南北50mの平らな場所が広がっています。これが本丸(ほんまる)です。東側には天守台(てんしゅだい)という、一段高い場所があります。

通常は常時開門していますので、この写真は供用開始前の貴重な1枚です。

写真2本丸から見た天守台

0416_天守台写真2は天守台の石垣です。大きな石を探してみましょう。石垣の中にひときわ大きい石があります。鏡石(かがみいし)といいます。甲府城の石垣は、野面積み(のづらづみ)といい、切り出した石をほとんど加工しないで積み上げています。甲府城の石は城内や英和中学校近くにあった石切り場から切り出されています。大きな石を二つに割って使ったために、上の写真の矢印のようによく似た形の石もあります。甲府城では、これを兄弟石(きょうだいいし)と呼んでいます。写真2から兄弟石を他にも探すことができます。

写真3石垣の中は・・・

0416_裏栗石写真3のように、発掘調査の結果、石垣を裏から支える裏栗石(うらぐりいし)を確認することができ、石垣のしくみもよくわかるようになりました。本丸の発掘調査では、鉄門の近くから甲府城が作られた時期の瓦が大量に発見されています。

写真4金箔が貼られた瓦

0416_金箔瓦写真4はその中の一つです。豊臣氏の家紋である五-七の桐(ごしちのきり)が彫られ、金箔(きんぱく)が貼られています。

甲府城が作られた1590年ころ、豊臣秀吉のライバルである徳川家康は関東地方を支配する大名でした。秀吉は、甲斐の国が家康と対決する場合の最前線になると考え、浅野長政に甲府城の建設を命じたものと発掘調査の結果から考えられます。

甲府城は1990年から史跡として整備するために発掘調査と石垣の修理、鉄門(くろがねもん)など一部の建物の復元を行ってきました。今回の遺跡トピックスは山梨県埋蔵文化財センターが刊行した調査報告書のうち、第155集、第156集を参考にしました。

甲府城を紹介いたします

今年度は甲府城の普及活動の一環として「甲府城を紹介いたします」を企画しました。鉄門下に職員が待機し、校外学習で甲府城を訪れた多くの中学生に対して説明を行うことができました。今後もぜひ当センターの各種企画を活用していただきたいと思います。写真は本丸から見た鉄門です。

0416_企画終了

遺跡の基本データ

所在地:甲府市丸の内一丁目

時代:中世末~近世

調査機関:山梨県埋蔵文化財センター

 

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このページに関するお問い合わせ先

山梨県観光文化部埋蔵文化財センター 
住所:〒400-1508 甲府市下曽根町923
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