更新日:2020年5月21日

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平成31年度の発掘調査情報

H31年度発掘調査速報一覧

・北畑南遺跡の発掘調査が終了しました(令和2年4月21日)

・北畑南遺跡の発掘調査を実施しています(令和2年2月5日)

・馬場平遺跡調査日誌2頁目(令和元年9月25日)

・馬場平遺跡調査開始(令和元年9月17日

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北畑南遺跡の発掘調査が終了しました(令和2年4月21日)

 前回の発掘調査情報では、北畑南遺跡の中世の生活面について報告しましたが、その1m下で確認された古墳時代と平安時代の生活面についての調査が3月16日に終了しました。

 調査の結果、古墳時代の竪穴住居跡8軒、溝2条、平安時代の竪穴住居跡1軒、土坑1基、溝1条が見つかりました。古墳時代の竪穴住居跡は、前期~中期(1750~1500年前)頃のものと考えられます。いくつかのものは重なり合ってみつかったことから、微妙に時期を違えて集落が営まれたと推測されます。
また、竪穴住居跡からたくさんの土器が出土しました。なかには甕の中に小壺が入れられたものもあり、このような出土状況は珍しいものです。

北畑南3

 壺が中に入れられた土器

 ある住居からは、完全な形のままの土器が、一カ所からまとまって出土しました。古墳時代の人たちが、壊れていない土器を捨てたとも考えにくいですし、中には「置いたそのままの状態」のものもあることから、オマツリに使われた土器たちなのではないかと考えています。
さらに、土器の他にも管玉やウシの歯の骨など、様々な遺物が出土していて、調査面積に比べてとても多くの遺物の量となりました。

北畑南4

北畑南2

まとまって出土した土器群

出土したウシの歯

 山梨県内で古墳時代中期の集落跡は調査事例が少なく、謎に包まれていましたが、今回の調査をきっかけに、甲府盆地の地表深くから、同様の遺跡が見つかる可能性が考えられるようになりました。出土した遺物の種類も他の遺跡よりも多様なことからも、今後は、整理作業を通して北畑南遺跡について考えていき、山梨県の古墳時代の解明に取り組んでいきたいです。今年度は整理作業の様子について、埋蔵文化財センターHP上でお知らせいたします。どうぞ楽しみにお待ちください!

 

北畑南遺跡の発掘調査を実施しています(令和2年2月5日)

 埋蔵文化財センターでは、令和元年11月から、笛吹市石和町東油川字北畑において発掘調査を始めました。

 北畑の土地では、これまで遺跡が確認されていませんでしたが、今年度の6月、7月に試掘調査を行ったところ、遺構や遺物が見つかり、新たに「北畑南(きたばたみなみ)遺跡」と命名しました。

 遺跡の場所は平等川と笛吹川が合流する付近にあるため、湧水が非常に多い地域です。現在の地面より下層には河川由来の川砂が厚く堆積しており、遺跡は地上から4m下まで埋もれていました。遺跡調査のためにかなり深いところに降りなければならず、調査区の中は常に水が湧き、今でになく調査が難しい現場です。

 遺跡には古墳時代の生活面と中世の生活面が存在し、それぞれの時期に人々がいたことが試掘調査でわかっています。現在、中世の生活面の調査が終了し、その結果、溝状遺構が14条、土坑が2基見つかりました。これらは畑の跡や区画を示す溝である可能性があります。
東油川の地は、武田信虎の叔父である武田信惠が居住した場所で、武田信惠は油川の地にすんだことで「油川氏」を名乗りました。そのときに「油川荘」が営まれた痕跡が発掘調査で出現しているのでしょうか。遺構の周囲からも土器の破片がいくつも出土していることから、昔の人々がこの場所で活動していたことが窺えます。
引き続き、古墳時代の生活面の調査にはいっていきます。新たな調査成果をいち早くお知らせしますのでお楽しみに!

 

発掘調査中の状況

検出した溝た土坑

 発掘調査中の状況  検出した溝や土坑

 

 ※発掘調査区内は掘削深度が深く、大変危険です。関係者以外の立ち入りはできませんのでご了承下さい。

発掘調査の状況については、随時こちらのページでお知らせします。

 

馬場平遺跡の調査日誌<2頁目>(令和元年9月25日) 

 1区では、縄文時代の遺物包含層(土器や石器が含まれる土層)内から、遺物と遺構(土坑)が見つかってきています。特に石器を作る際に出る破片が多く出土しています。その中でも水晶の破片が圧倒的に多く、大小合わせて300点以上の破片が1つの地点から集中的に出土しました。

 旧地形の高い部分に水晶片の集中区があり、流れ込みではなく、当時の人が意図的にこの場所で廃棄したものと考えられます。柳沢峠を越えた山奥でも、縄文人が生活した痕跡があり、驚きますね。当時の人はここで石器を作り狩りをしていたのでしょうか?それとも石器を用いた交易をしていたのでしょうか?謎は深まるばかりです。これからの調査で徐々に遺跡の内容がわかっていくことでしょう。

 現在、ドローンやラジコンヘリを使った航空写真撮影に向けて、調査を進めています。どうやって写真を撮るかは次回をお楽しみに。

水晶の集中

写真1 水晶集中地点(柱上と竹串のところに水晶片があります)

 

 

土坑の検出

土坑の半裁

写真2 土坑の検出

写真3 土坑を半分にした状況

 発掘調査区域は斜面地および工事中により大変危険なため、関係者以外の立ち入りはできませんのでご了承下さい。

発掘調査の状況については、随時こちらのページでお知らせします。

 

馬場平遺跡の発掘調査が始まりました(令和元年9月17日)

 埋蔵文化財センターでは、一般国道411号御屋敷拡幅工事に先立ち、令和元年8月22日から、甲州市塩山上萩原において発掘調査を始めました。
現在、発掘調査を行っている遺跡は「馬場平遺跡(ばばだいらいせき)」といいます。調査地点は以前より旧石器時代の遺跡があると見込まれていましたが、本年5月に実施した試掘調査では、縄文時代中期中葉の土器や水晶片が出土しています。

 遺跡は甲府盆地から柳沢峠を越え、やや下った標高1,250m前後に位置しています。盆地内と比べると(今のところは)涼しく、10℃前後の気温差があります。現地にきてみると、なぜこんなところに縄文人の人が住んでいたんだ!?と不思議に思うほど、山の奥地に位置していることが分かります。

 現在の調査状況ですが、縄文時代の遺物が出土する土を人力で掘り下げており、住居跡や土坑などの遺構があるかどうか探しているところです。土の中からは遺物が出土しており、特に水晶の破片が目立ちます。これからどんな遺構や遺物が発見されるか楽しみです。

 

水晶出土状況

発掘調査状況

水晶出土状況

発掘調査状況

 

このページに関するお問い合わせ先

山梨県観光文化部埋蔵文化財センター 
住所:〒400-1508 甲府市下曽根町923
電話番号:055(266)3016   ファクス番号:055(266)3882

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