更新日:2016年3月23日

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甲州市殿林遺跡・安道寺遺跡で詳細分布調査をしています(更新日:平成28年3月22日)

甲州市の殿林遺跡(甲州市塩山上萩原)と安道寺遺跡(甲州市塩山下粟生野)で、実地踏査や聞き取り調査を中心とした遺跡の分布調査が、3月15日より始まりました。両遺跡の重要性に鑑み、今後遺跡の周辺で起こりうる開発事業に備え、適切に保護していくための情報収集を目的としています。

甲州市の殿林遺跡は、偶然的に発見された縄文時代中期の深鉢形土器が、昭和63年に国の重要文化財に指定されたことで注目される遺跡ですが、遺跡の性格や範囲などの詳細な考古学的情報が必要とされています。また、安道寺遺跡は、昭和51年度の笛吹川沿岸土地改良事業に伴う発掘調査で出土した縄文土器群が、平成27年に県の有形文化財に指定されました。遺跡の調査は範囲の一部のみであったものの、20軒に及ぶ住居跡が発見されており、拠点的な集落が存在していた可能性があります。安道寺遺跡も殿林遺跡と同様、詳細な情報が待たれています。

調査は、地元の方々にご協力をいただいて、畑などから土器や石器などの分布を確認したり、遺跡についてお話を伺ったりするものです。さらに、地形をじっくり観察し、縄文人の生活環境について検討していきます。

桃の花が咲くまでもうまもなく、大切な時期に桃に影響を与えないように、十分に注意しながら進めてまいります。調査の成果については、このホームページで順次お知らせいたします。

調査写真

写真:安道寺遺跡における調査風景。絶景のロケーションです!

 三ノ側遺跡の発掘調査が終了しました(更新日:平成28年2月15日)

都留市の都留興譲館高校の校舎新設に伴って行われた三ノ側遺跡(さんのがわいせき)の発掘調査が、2月5日をもって終了しました。今回の調査では、古代から中世・近世にかけての土坑や柱穴、溝状遺構などが確認されました。また、遺構の分布している様子から、三ノ側遺跡の奈良・平安時代の遺構、つまり古代都留郡多良郷の時代の集落が、東側にどの程度まで広がっていたのかを推測できるようになりました。

土坑などから、平安時代の土器が破片となって出土しました。三ノ側遺跡から出土する土器は、都留で作られたものだけでなく、甲府盆地や相模地域・駿河東部地域などで作られたものもみられます。今後は、発掘調査成果の整理を行う予定です。

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写真:今年度の調査で出土した平安時代の土器

 三ノ側遺跡で発掘調査が始まりました(更新日:平成27年10月15日)

都留市の都留興譲館高校の校舎新設に伴って、三ノ側遺跡(さんのがわいせき)の発掘調査が、10月1日より始まりました。三ノ側遺跡は、都留市田原から上谷にかけて立地する遺跡で、過去にも都留市教育委員会と当埋蔵文化財センターによって、数回にわたり発掘調査が行われています。過去の調査では奈良・平安時代の建物跡や土坑などが発見されており、特に1981年度の都留市教育委員会の調査では、皇朝十二銭である和同開珎や富寿神宝などの、県内でも希少な遺物が出土しています。三ノ側遺跡周辺は、古代都留郡に置かれた「多良郷」であることがわかっていますが、これらの希少な遺物の出土から、遺跡が多良郷の中心地の一つであったと考えられます。

今回の調査では、どのような遺構や遺物が発見されるでしょうか。続報をお待ちください。

271015三ノ側遺跡

発掘調査の第一段階、遺構確認作業のようす

 「甲府城追手門の礎石調査」をパネルで紹介します(更新日:平成27年9月18日)

前回このページでも紹介した甲府城追手門の礎石調査成果について、次のとおりパネル展をおこないます。

ぜひ、この機会に貴重な発掘成果をご覧ください。

 

 

開催期間:平成27年9月19日(土曜日)~11月3日(火曜日)

 

会場:甲府城石垣展示室(山梨県庁防災新館地下1階)・甲府城跡鉄門(2階)

どちらも同じ内容の展示です。

入場料:無料

 

【ところで追手門って?】

甲府城は、今から420年ほど前の戦国時代の終わり、武田家が滅亡した後に豊臣秀吉の命令で築かれた城です。

追手門は甲府城の正門で、明治時代初め頃まで存在していたとされます。今回発見された礎石は、江戸時代の絵図などから追手門のもので、甲府城が築城された当時のものと考えられます。

確認された2つの礎石はいずれもとても大きく、甲府城の正門にはふさわしいものです。また、そのうちの一つには門の柱を立てたホゾ穴と扉の軸を支える軸摺穴(じくずりあな)が見られます。

H27甲府城追手門礎石(西から)H27甲府城礎石検討会

写真左:発見された追手門の礎石。左側の礎石には門の柱を立てたホゾ穴と扉の軸を立てた軸摺穴が!

写真右:調査検討会のようす。埋蔵文化財センターの職員や甲府市等の文化財担当職員が集まって、どのような構造なのか、ホゾ穴にはどのくらいの太さの柱が据えられていたのか、礎石に見られる加工はいつ施されたものなのかなどなど、熱心に意見を交わされました。

 

 身洗沢遺跡で見学会を開催しました。(更新日:平成27年9月17日)

笛吹市八代町地内で本年5月より調査を開始した身洗沢遺跡で、9月13日(日曜日)午前10時と午後1時からの2回、遺跡見学会を開催しました。当日は、若干霧雨が舞う時間帯もありましたが、多くの方にご参加いただきました。ありがとうございました。

身洗沢遺跡は平成26年度より調査がおこなわれています。これまでの調査では、弥生時代後期(今から1,800年ほど前)の掘立柱建物跡や土坑、溝、ため池状遺構などが見つかっています。また木製のクワなども出土しており、当時の農耕に関わる道具について、研究が進みそうです。

調査は9月末日で終了予定です。今後は遺跡から出土した土器などの資料の解析から、弥生時代後期の山梨県のようすが明らかとなることでしょう。

身洗沢見学会2

写真:見学会のようす。調査担当者から説明を受けています。

身洗沢見学会1身洗沢のクワ

写真左:遺物を見学するみなさん。活発な意見が飛び交いました。

写真右:弥生時代のクワ。弥生時代にはこれで耕していたのでしょうか。作っていたのはコメ?その他の雑穀??

甲府城跡追手門の礎石が出土しました。(更新日:平成27年9月14日)

現在行われている山梨県庁構内整備工事に伴い、県庁東門の東側で新たに甲府城追手門の礎石を確認しました。追手門は甲府城の正門にあたり、江戸時代の甲府城絵図でも確認することができます。今回確認された礎石は二石で、北側の礎石には扉の軸を支える円形のホゾ孔と門の柱を受ける長方形のホゾ孔が見られます。扉の軸を支えるのホゾ孔は、復元された鉄門(くろがねもん)や銅門(あかがねもん)にも見られることから、甲府城築城期(戦国時代末期)のものと考えられます。

今回確認された礎石は、県文化財保護審議会史跡部会の現地調査での意見を踏まえ、埋設保存されることになりました。

なお、今回の調査成果を中心に、パネル展示会を次のとおりおこないます。

日時:9月19日(土曜日)~11月3日(火・祝)

場所:甲府城石垣展示室(山梨県庁防災新館地下1階)及び甲府城跡鉄門(舞鶴城公園内)

展示は両会場ともに同じ内容です。

入場料:無料

H27甲府城追手門(解説入り)H27甲府城追手門(鉄門)

写真左:確認された追手門の礎石

写真右:(参考)復元された鉄門。今回確認された礎石は赤丸部分

H27甲府城追手門(作業風景)H27甲府城追手門(記者発表)

写真左:調査中のようす

写真左:平成27年9月14日の記者発表のようす

 

谷村城の発掘調査が終了しました。(更新日:平成27年7月28日)

都留市の甲府地方家庭裁判所都留支部の庁舎建てかえに伴って行われた谷村城の発掘調査が、6月末をもって終了しました。本年度の調査は、金銀貨の出土や、鍛冶遺構の発見など様々な成果がありました。谷村城は、山梨県東部地域において、中世末以降から現代に至るまで、地域の中心を担っていたといえる遺跡です。これから、昨年度の調査成果と合わせて、その性格についてさらに研究を進めていきます。

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写真:6月の遺跡見学会(6月14日開催)終了後、さらに掘り進めると、中世の遺物を含む遺構が発見されました。

大石遺跡で発掘調査が進んでいます。職場体験も行いました。(更新日:平成27年7月22日)

国道20号大月バイパス改築に伴い、5月より調査が進められている大石遺跡の発掘調査。調査開始より約2ヶ月が経過し、調査がかなり進んでいます。調査では縄文時代早期末や弥生時代の土器片が出土しています。現場では人力で少しずつ確認面を掘り下げ、当時の遺物や遺構の痕跡を注意深く確認しています。

また、7月15日(水曜日)には、猿橋中学校の2年生2名が職場体験で発掘調査を体験しました。とても暑い日でしたが、二人とも熟練作業員さんに道具の使い方などの手ほどきを受けて、丸1日がんばりました。みなさん、お疲れ様でした。

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写真左:現在の大石遺跡全景写真。手前は調査終了。廃土置き場になっています。

写真右:断面では複数の土・火山灰が厚く堆積しているようすがわかります。

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写真右:人力で少しずつ掘り下げを行っています。土器や石器が確認されています。

写真左:猿橋中学校2年生が職場体験をおこないました。熟練作業員にジョレンの使い方を教わっています。

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写真右:この地点は弥生時代の土器が集中して出土しています。ビニール袋に入っているのは、土器片です。写真左:まとまって出土した縄文時代中期の石斧

甲府城跡(県庁構内前庭地点)で現場見学会を開催しました。(更新日:平成27年7月6日)

山梨県庁本館前庭にて、6月15日より発掘調査を行っている甲府城跡(県庁構内前庭地点)で、平成27年7月5日(日曜日)午前11時より現場見学会を開催しました。

当日は、前日からの雨により現場に水がたまっていたため、現場の外から見学するような形となりましたが、県内外より130名前後の参加者がありました。足下が悪い中、多くの方々にご参加いただき、ありがとうございました。

なお、発掘調査は7月いっぱいおこなう予定です。さらに新たな発見があった場合は、ホームページなどでお知らせしていく予定です。

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写真左:見学会には多くの方々にご参加いただきました。(背景は県指定文化財県庁舎別館)

写真右:埋蔵文化財センター所長より、あいさつのようす。

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写真左:担当者の説明を熱心に聞く参加者のみなさん。

写真右:折りから梅雨時で足下が悪く、遺構を近くで見学できない状況でした。

甲府城の石垣、県庁構内で現る!(更新日:平成27年7月1日)

山梨県庁本館の前庭にて、外構整備工事にともなって6月15日から発掘調査を進めていたところ、甲府城の石垣が確認されました。石垣は、調査区域内で南北方向に22m、東西方向に約2m、高さ最大約1mで、帯状に並んでおり、石垣の東側に沿って水路がみつかりました。石垣は、甲府城の政庁があった楽屋曲輪を区画するもので、江戸時代に何回か改修されたようすがうかがわれます。これらの石垣は7月5日の一般公開の後、そのまま埋設保存することになっています。

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写真左:今回出土した石垣の全体像写真右:石垣の近景

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石垣についての評価をそれぞれ専門の立場から検討しています。

身洗沢遺跡で発掘調査を行っています(更新日:平成27年6月30日)

笛吹市八代町の身洗沢遺跡では、笛吹スマートインターチェンジの建設に伴って平成26年度より発掘調査をおこなっています。今年度は昨年度に引き続き、5月後半より調査を開始しました。

現在、遺跡からは今から弥生時代後期の集落跡や、古墳時代後期の住居跡などが確認されるなど、日々新たな発見が続いています。

7月26日(日曜日)には、こちらの遺跡を会場に、「夏休み!発掘体験セミナー」を開催します。興味のある方は、ぜひご参加ください。

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写真:調査中の遺跡のようす。手前に見えているのは、建物の柱跡。

 

谷村城出土遺物(金貨・銀貨)について(更新日:平成27年6月23日)

 

◯出土の経緯

 

都留市谷村城の発掘調査では、多くの発見がありました。そのうちの一つに、江戸時代の金貨や銀貨の出土があります。

 

金貨と銀貨はともに一枚ずつ、江戸時代の終わり頃の生活面を掘り下げているときに出土しました。まず発見されたのが金貨です。

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写真:金色に光っているのが金貨です。

金貨ズーム

写真:ズームにしてみました。数百年の間、変わらぬ輝きのまま地中に残っていたのです!

 

続いて銀貨が発見されたときの写真がこちら。

銀貨

写真:銀貨が発見されたのは、金貨に近い場所で金貨と同じくらいの高さです。

 

◯発見された金貨・銀貨の種類

 

 

・金貨について

 

今回出土した金貨は、元文一分判金(げんぶんいちぶばんきん)という種類であると考えられます。この金貨は1736年から1818年の間に鋳造されました。一分金4枚で小判1枚=1両と同じ価値になります。金貨の表面には花押という昔のサインや、元号である「元文」の「文」の字が刻まれています。

 

銀貨について

銀貨は、文政南鐐二朱判銀(ぶんせいなんりょうにしゅばんぎん)という種類であると考えられます。1824年から1829年の短い間に鋳造されています。二朱判銀には「以南鐐八片換小判一両」と刻まれており、これは二朱銀8枚で小判1枚=1両に換えられることを表しています。

 

◯金貨・銀貨が出土したのはなぜ?

 

今回発見された一分判金は、山梨県内の遺跡発掘調査において甲府城、鰍沢河岸跡に次いで3例目となります。発見例が非常に少ない一分判金や二朱判銀がどうして今回谷村城から発見されたのでしょうか。

2例目の発見となった鰍沢河岸跡は、谷村城と同じく江戸時代から明治時代にかけての遺構や遺物が多く出土しています。発見された一分判金は建物の基礎付近から出土しており、建物の安全や永続を願った“地鎮”のためとも考えられています。

今回の谷村城出土事例も、あるいはそういった地鎮のような願いが込められて埋められたものかもしれません。ところで、江戸時代後半期、今回の調査地点は谷村陣屋があったとされています。陣屋では多くのお金のやりとりがなされていました。ひょっとしたら、お金をもったお役人さんがうっかり落としてしまったのでしょうか。いろいろな可能性が考えられるのも、考古学のおもしろいところですね。

 

谷村城の見学会が開催されました。(更新日:平成27年6月17日)

都留市の中心部にある谷村城では、昨年度に引き続き本年5月より発掘調査が進められてきました。今月末までの予定で行われている調査も終盤にさしかかり、遺跡の全体像が明らかになってきました。

今回の発掘調査成果を多くの方々に知っていただくため、6月14日(日曜日)の午前と午後の2回、遺跡調査現場の公開が行われました。

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写真:午前中の見学会のようす。30名を超える参加がありました。

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写真:出土した石組遺構を説明する担当職員A。井戸?水溜め?江戸時代の谷村陣屋に住んだ人たちの生活の一部が垣間見られます。

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写真:今年度あらたに発見された暗渠について説明する担当職員K。職員Kは、当センターのニューフェイス!がんばっています。ちょうど職員が立っている地点の周辺で、江戸時代の金貨や銀貨が発見されました。

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写真:出土した資料を解説する所長。参加者には普段触れることのできない資料を、じかに手に取ってもらいました。

見学会資料はこちら

甲府城下町の一角で遺構検討会が行われました!(更新日:平成27年6月16日)

5月下旬からスタートした甲府城下町遺跡のうち、八日町通り(旧甲州街道)と柳町通りの交差点に面した調査区の発掘調査は、早くも全体の半分の調査がほぼ終了しました。遺跡の性格もだんだん明らかになると同時に、建物の向きや江戸時代の甲府城下町の町屋のあり方など、細かな点についてたくさんの検討課題が・・。

そこで6月11日(木曜日)午前に、遺構検討会が行われました。

現地では「この建物は端境にあり、甲州街道に向かって間口があったのか?それとも銀座通りに面していたのか?」「当時の地境はどうなっていたのか?」「建物の規模はどうだったのか?」などなど、さまざまなテーマが飛び出しました。

遺跡を複数の研究者で実際に見て、意見を交換することで今後の課題や共通理解がさらに深まる、そんなことを機会でもありました。

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写真左:調査範囲が広くない中で、熱気のこもった意見交換がなされました。

写真右:石積みの出土状況。江戸から明治時代の地境でしょうか。その左では柱の乗った礎石が見つかっています。

平成27年6月発掘最新情報さらに5月下旬から、甲府市中心市街地の国道411沿いでNTT西交差点にて、甲府城下町遺跡の発掘調査が始まりました。

甲府城下町遺跡

甲府城下町の南東部にあたり、甲州街道が町屋から武家屋敷へとつながる直前のところで二の堀の東側にあたるところ。道路改良にともなう発掘調査です。平成23年の対岸での発掘調査では甲州金座の跡と思われる金粒、ふいご羽口、石臼などが出土しています。狭い範囲での発掘調査で始まったばかりですが、甲府上水など町屋に関係する成果が期待されます。

発掘調査甲府城下町風景発掘調査甲府城下町井戸

写真左:発掘の風景

写真右:写真右下の穴は井戸跡

発掘調査がはじまりました♪

ゴールデンウイークが終わり、埋蔵文化財センターの活動もいよいよ本格的に始動開始です。センターでは谷村城(都留市)、大石遺跡(大月市)の発掘調査がスタートしました。

谷村城(都留市)

谷村城は、小山田氏の居館である谷村館をもとに整備が進められた近世前期の城です。甲州街道から分岐し、吉田方面へ至る富士道沿いの交通の要所に立地し、現在も市街地として賑わう場所です。谷村城は都留市役所や谷村第一小学校に所在したとされており、遺跡の範囲として周辺一帯が市登録されています。

谷村城は甲府地方家庭裁判所都留支部の新庁舎建設に伴い、平成26年度8月から発掘調査をしています。昨年度の調査では、大正時代や中・近世の遺構などが確認されました。本年度は昨年度確認された遺構の調査が引き続きおこなわれますがこれにより、今まで知られていなかった谷村城の解明が一段と進むことになることでしょう。

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写真右:大正時代の敷石遺構。熔岩と緑色凝灰岩の切石で整えた玄関前の通路の延長です。

写真左:調査区東側の遺構の状況です。

大石遺跡(大月市)

大石遺跡は国道20号大月バイパス改築に伴い、平成26年度より発掘調査が開始されました。昨年度の調査で、包含層から縄文時代早期末、弥生時代中期、奈良・平安時代の遺物が出土しています。特に縄文時代早期末、弥生時代中期は県内でも事例が少なく、調査の先行きが注目されます。本年度の調査では、この時期のようすが明らかになるのでしょうか?ご期待ください!

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写真左:遺跡全景。調査は始まったばかり。現在、遺跡周辺の環境整備をしています。

写真右:遺跡のすぐ北側をJR中央本線が通っています。

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山梨県観光文化部埋蔵文化財センター 
住所:〒400-1508 甲府市下曽根町923
電話番号:055(266)3016   ファクス番号:055(266)3882

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