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更新日:2020年10月9日

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No.519 抽象文って何?大木戸遺跡の抽象文土器

 

 

甲州市の遺跡トピックス

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  • 0008大木戸遺跡-水晶製石鏃-

  • 0024大木戸遺跡-前期土偶-

  • 0053大木戸遺跡-緑釉陶器-

  • 0143大木戸遺跡-約6,000年前のイエの跡-

  • 0252大木戸遺跡-中期土偶-

  • 0011一ノ坪遺跡-埋甕-

  • 0032勝沼堰堤-砂防堰堤-

  • 0058勝沼堰堤2-水抜き穴-

  • 0078勝沼堰堤3-銘板-

  • 0074勝沼堰堤-砂防学習公園勝沼堰堤見学会報告-

  • 0033日川水制と上流堰堤群-直轄砂防工事-

  • 0064西畑B遺跡-内耳土器-

  • 0071北田中遺跡-古墳時代甕-

  • 0178影井遺跡-羽釜-

  • 0224安道寺遺跡-動物モチーフ付き土器-

  • 0260安道寺遺跡-土偶

  • 0404安道寺遺跡-不思議な形の土器-

  • 0464安道寺遺跡出土の水煙把手土器、誕生譚

  • 0322県指定史跡-武田勝頼の墓-経石

  • 0488安道寺遺跡-釣手土器
  • 0508馬場平遺跡の水晶

 

 大木戸遺跡について

 大木戸遺跡遺跡は、甲州市塩山の塩山パイパスの建設に伴って発掘調査された縄文時代前期、中期そして平安時代の集落跡です。平成10年から3次にわたる発掘調査が行われ、特に縄文時代前期の集落が中心にみつかりました。

 遺跡トピックでもこれまで何回か紹介しています(No.008No.024No.053No.143No.252)が、今回はこの遺跡から出土した縄文土器に注目してみます。詳しくはこちらをご覧ください。山梨県埋蔵文化財センター調査報告書205集2003年『大木戸遺跡』

抽象文土器

 この土器の胴体にみられる動物のような文様はほんとうのところ何かを抽象的に表現したものとして抽象文土器と呼ばれています。横向きで上下にくねった胴体に、やや下向きに口を開けています。胴体は太く曲がって、尻尾はくねくねと下に向かってのびています。首の付け根からはヒレもしくは手のようなものが伸びています。胴体の太いヘビのようにもみえますし、サンショウウオみたいな、いやいや水から飛び上がったイルカのようだ、といろいろな説があります。トピック254でも海道前遺跡の抽象文土器が紹介されていて、哺乳類という考えすらあります。何か動物であることは確かなのですが、何かの動物を抽象化して表現しているのだろうということで抽象文と呼ばれています。ほんとうのところはどうなのでしょうか。

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1:抽象ヘビ文の部位名称

 かつて長野県の考古学者藤森栄一は、八ヶ岳西南麓の富士見町に広がる縄文時代中期の遺跡群の調査をまとめる中で「胴部一杯にくねる幅広くくぼんだ爪形連続文で構成された文様が、まるで山椒魚のように不気味にうねっている。この形の土器に、施文特徴からつけるべき名称を、長い間われわれは考えてきたが、いまだに適切な考えが浮かばない。(略)何とも奇怪な施文で、必ずしも山椒魚に似ていると限ったわけでなく、要するに、思いのままの抽象なのであろう。これを仮に抽象文土器と仮称した理由である。」(藤森編1965)というように、特定の動物に限定できないことから「抽象文」と呼びました。この独特の文様は関東地方の勝坂式土器にもみられることから「抽象文」という名称で広く知られるようになりました。

ところが最初に「サンショウウオ」のようなとしたので抽象文をサンショウウオと限定的に狭い意味で使用されるようになっていきます。そしてしばらく長野県の考古学者の間でも「山椒魚文」と呼ばれるようになりました。

 抽象文を提唱した長野県富士見町の井戸尻考古館では引き続きふさわしい名称を付けるべく思案していました。小林公明先生は水生動物であって、類似する龍の文様が中国にあることを紹介しながら、鰐や鮫、魚などいくつかの要素が混然とした神的な想念の産物ととらえ「みづち」というしかないだろうと述べました。そして「みづち文」という名称を使っています。みずちとは日本書紀仁徳天皇条にみられ、ヘビに似ているが脚があって龍の姿をした水霊とされています。

 一方で関東地方の考古学者はさまざまな呼称を使用してきました。『縄文土器大観』(小学館)では「躍動する海獣様の意匠」として「海獣文」と呼ばれました。また

図像的に「変形S字文」ともいわれました。しかしこうした呼称は定着せずにまた「抽象文」と呼ばれるなかで「サンショウウオ」という呼称が再び使われはじめました。

 その後は「抽象文(いわゆるサンショウウオ文)」、「サンショウウオ状モチーフ」などとよばれていましたが、あくまでサンショウウオのような文様という意味で使用されていました。ところがこの文様を、著名な考古学者春成秀爾先生は「前脚だけで後脚がなく、尻尾が長く、口をおおきくあけた動物の立体画があります。(中略)この動物はこれまでミズチとか、サンショウウオと考えられてきました。(中略)この動物は前脚の表現しかありませんが、(中略)オオサンショウウオ(ハンザキ)である可能性が強い、と私はみています。」『歴史発掘5.原始絵画』(講談社)というように、サンショウウオそのものを表現していると述べました。一般的にこの解釈は広く知られるようになって、東京国立博物館でも土器にオオサンショウウオが表現されていると紹介されるようになりました。そもそもオオサンショウウオの生息域は西日本であり、山梨・長野の勝坂式土器分布圏内でみることはありません。ちょっと文様に対するその恣意的な解釈は誤った認識を招いてしまったといえます。

 では現在の考古学者はどのように考えているのでしょうか。太い体部と細い尾にウロコ状の文様が付くことからマムシの印象があるといいます(櫛原功一先生)。またヒレのようなものが延びているがこれは尾の運動を表しているとするとやはりヘビでよいのではないかとも考えられます(小野正文先生)。さらにカエルの文様と組み合わさることが多いので、カエルをよくたべるヘビとするとヤマカガシが思い起こされます(小野正文先生)。一方でヒレのように延びるのは子供で、乳を飲む子とすると哺乳類に似た想像上の動物かもしれせん(小野正文先生)が、これは例外的でしょう。やはり形態的な特徴からマムシであって胴につくヒレのようなのはマムシが出産しているところを表現したもの(末木健先生)という解釈もあります。

 この文様の成り立ちをみていくと、勝坂式土器の古い時期から少しずつ描かれて、だんだんその数を増やして定型的な形となっていきます。最初の頃は単体のヘビとして描かれます。その形も渦巻き形だったり曲がりくねったり、二匹のヘビが重なったりといろいろな形をしています。しだいに一定の形に整ってきて、この大木戸遺跡の土器文様のような定型的な形となります。この定型的な抽象文はその数も多く、実際の動物に似ていないものとなってしまっているため、これだけをみているとうまく解釈ができずにこれまでのようないろいろな説明がでてきてしまいます。この抽象文と言われる文様のはじまりを見ると、やはり素直に一匹のヘビと見なすことができます。これが二匹に組み合わさって定型化してしまった文様が抽象文といえるでしょう。

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おわりに 

  抽象文にいろいろな解釈があって議論が盛んなこともよいのですが、それぞれ一長一短がありうまく説明しきれないということは、実際のところどのようにでも解釈できるということになってしまいます。この文様が何に見えるか、ということよりも、縄文人が何を表現しようとしているのか、というとその始まりにもどって観察してみることが大事です。

 

 

 

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