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ページID:4385更新日:2017年6月16日

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遺跡トピックスNo.143住居跡その2大木戸遺跡(おおきどいせき)

甲州市の遺跡

  • 0001古婦毛遺跡-埋甕-
  • 0008大木戸遺跡-水晶製石鏃-
  • 0024大木戸遺跡-前期土偶-
  • 0053大木戸遺跡-緑釉陶器-
  • 0143大木戸遺跡-約6,000年前のイエの跡-
  • 0252大木戸遺跡-中期土偶-
  • 0011一ノ坪遺跡-埋甕-
  • 0032勝沼堰堤-砂防堰堤-
  • 0058勝沼堰堤2-水抜き穴-
  • 0078勝沼堰堤3-銘板-
  • 0074勝沼堰堤-砂防学習公園勝沼堰堤見学会報告-
  • 0033日川水制と上流堰堤群-直轄砂防工事-
  • 0064西畑B遺跡-内耳土器-
  • 0071北田中遺跡-古墳時代甕-
  • 0178影井遺跡-羽釜-
  • 0224安道寺遺跡-動物モチーフ付き土器-
  • 0260安道寺遺跡-土偶
  • 0404安道寺遺跡-不思議な形の土器-
  • 0322県指定史跡-武田勝頼の墓-経石-

大木戸遺跡は、甲府盆地の東を流れる重川右岸の河岸段丘上(かがんだんきゅうじょう)、標高約390m地点に位置しています。遺跡は塩山東バイパス建設工事のため、平成10~11・14(1998~1999・2003)年度に発掘調査が行われ、縄文時代(約6,000~4,500年前)のムラの跡や平安時代(約1,000年前)の集落跡が発見されました。

 

遺跡ではたくさんの土器や石器が出土しましたが、中には硬(かた)い水晶を巧(たく)みに加工した石器や長野県和田峠(わだとうげ)や静岡県天城柏峠(あまぎかしわとうげ)、東京都神津島(こうずしま)など様々な地域からもたらされた黒曜石などがあり、当時の人々の技術の高さや交易の広さなど、豊かな暮らしぶりを知ることができます。

 

所在地:甲州市塩山熊野(旧塩山市)

時代:縄文時代前期・中期・平安時代

報告書:山梨県埋蔵文化財センター調査報告書第205集2003(平成17)年刊行

調査機関:山梨県教育委員会・山梨県埋蔵文化財センター

甲州市塩山大木戸遺跡を遠くから見た写真

写真甲州市塩山の大木戸遺跡を遠くからみたところ※赤丸は発掘調査地点

縄文時代前期(約6,000年前)のイエの跡

大木戸遺跡でみつかった約6,000年前の家

写真大木戸遺跡でみつかった約6,000年前のイエの跡

 

大木戸遺跡では、縄文時代前期(約6,000年前)のイエの跡が10軒確認されました。しかしこの10軒は同時に存在したのではなく、一時期に2~3軒ずつ、時には1軒しか所在していなかったことが、出土した土器などからわかります。

 

上の写真は大木戸遺跡で確認された約6,000年前のイエの跡です。円形ですり鉢状にイエの中央部が低くなっていて、壁際にはイエを支えた柱の跡が8本巡っていました。中央やや右側では火を焚いた痕跡が見つかっていることから、ここで調理したり暖(だん)をとったりしていたのでしょう。

 

このイエは人が住まなくなってからは土器捨て場として利用されており、発掘調査ではたくさんの土器や石器が出土しました。

 

大木戸遺跡から出土した土器や石器などの遺物は、甲府市の県立考古博物館に展示されています。

イエのあとにたくさんの土器や石器が捨てられていた様子お隣にはさらに古いイエのあとがありました。

写真左上:たくさんの土器や石器が捨てられていた様子写真右上:隣にはさらに古いイエがありました。

 

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