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更新日:2021年2月19日

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遺跡トピックスNo.0520湯村山古墳群(甲府市)-道をそれると、そこは古墳であった-

 

甲府市の遺跡

(甲府城関連・曽根丘陵公園を除く)

  • 0042円楽寺-六角堂-
  • 0044円楽寺-六角堂石塔群
  • 0197円楽寺-行者堂と富士山-
  • 0061富士見一丁目遺跡-田んぼ-
  • 0361富士見一丁目遺跡-プラ箱でつくったお米の量と県内の最も小さな区画された水田-
  • 0086知ろう山梨の歴史!山梨の遺跡展2007特集-
  • 0087知ろう山梨の歴史!山梨の遺跡展2007特集-
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  • 0205榎田遺跡-スプーン状土製品-
  • 0255榎田遺跡-装飾器台-
  • 0321榎田遺跡-甑-
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  • 0162八幡神社遺跡-発掘調査速報第2弾-
  • 0191八幡神社遺跡-整理調査速報-
  • 0207八幡神社遺跡-整理調査速報2-
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  • 0185米倉山B遺跡-山梨最古の須恵器-
  • 0222米倉山B遺跡ー「貸泉」-
  • 0309米倉山B遺跡-二重口縁壺-
  • 0187上野原遺跡-古道‘中道往還’-
  • 0393上野原遺跡-水煙土器
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  • 0266音羽遺跡-磨製石鏃-
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  • 0021塩部遺跡-人形木製品-
  • 0268塩部遺跡-日本最古級のウマ-
  • 0381塩部遺跡-山梨県内の戦争遺跡-
  • 0383県指定史跡加牟那塚古墳-古墳のデータと石室-
  • 0402大坪遺跡-調査速報-
  • 0411久保田・道々芽木遺跡
  • 0428立石遺跡
  • 0435上の平遺跡-縄文時代前期終わり頃の住居と土器-
  • 0437万寿森古墳-2016年2月指定の県史跡(前編)-
  • 0438万寿森古墳-2016年2月指定の県史跡(後編)-
  • 0441久保田・道々芽木遺跡-やわらかい土器-
  • 0480上野原遺跡-もう一つの水煙土器-
  • 0504湯村山古墳群1号墳-見学可能な積石塚-
  • 0516大平1号墳・2号墳-古墳さんぽ横穴式石室編-
  

湯村山古墳群とは

甲府市北西部にある緑が丘スポーツ公園のほど近く、湯村山には6世紀から7世紀(古墳時代後期から終末期)にかけて造られた古墳があり、湯村山古墳群(遺跡トピックスNo.0504)と呼ばれています。

湯村山の周辺は、万寿森古墳(遺跡トピックスNo.0437遺跡トピックスNo.0438)や加牟那塚古墳(遺跡トピックスNo.0383)、大平1号墳・2号墳(遺跡トピックスNo.516)など甲府盆地の古墳時代後期・終末期を代表するような古墳が造られた地域であります。

 湯村山古墳群は、湯村山(標高446m)の南および西斜面に造られた古墳群であり大平1・2号墳のある西支群と湯村山1号墳~6号墳の六つの古墳があるといわれる東支群にわかれます。

 また、湯村山の山頂には大永3年(1523)に武田信虎によって築かれた湯村山城があり、現在でも曲輪や土塁の跡、石を円形に組んでつくった井戸などが残っています。

 現在は、湯村山城のある山頂までの道が武田の杜として遊歩道をつくるなど整備が行われ、ハイキングコースになっています。

遊歩道を歩いて湯村山1号墳へ!

 緑が丘スポーツ公園を出発し、湯村山の遊歩道を上って行くと湯村山1号墳【写真1】にまず到着します。1号墳は石を積んで造った積石塚と呼ばれる古墳です。詳しくは遺跡トピックスNo.0504で紹介していますのでご覧下さい。

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 【写真1】湯村山1号墳

湯村山の遊歩道をそれるとそこには・・・

  1号墳を見学して少し歩いて行くと、遊歩道の脇の雑木林に人が通ったような痕跡、いわゆる「けもの道」があります。「山火事注意」の看板が目印です【写真2】。

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【写真2】いざ!けもの道へ

 けもの道をズンズン進んでいきましょう。

 5分ほど歩いていくとそこには・・・何やら不自然な石が。

 そう!これが古墳です!【写真3】

「わかりにくい~」というお声が聞こえてきそうですが、土や落ち葉で埋もれた横穴式石室の一部がひょっこり顔を出しています(はい、ひょっこり墳!)。古墳の位置的におそらく湯村山2号墳だと思われます。かつておこなわれた古墳の分布調査の成果を見ますと、古墳は半分壊れた状態にあると書かれています(田代・萩原1984、甲府市1989)。

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 【写真3】ひょっり顔出す古墳

 ひょっこり墳の2号墳から40mほど、けもの道を上り進んでいくと、今度は比較的大きな古墳が目に入ります【写真4・5】。

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【写真4】湯村山3号墳(石室入り口側)

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【写真5】横から見た湯村山3号墳

 古墳は完全な形というわけではありませんが、石室の状態は比較的良く残っています!石の積み方をみますと、石を切ったり割ったりするような加工をせずに自然な状態の石を使用している様子が分かります【写真6】。なんとも無骨でかっこいいです!

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【写真6】横穴式石室の中の様子

 湯村山には大きな石がゴロゴロしており、近くにある石を使って古墳をつくっていたと思われます。
また石を6段ほど積み上げて石室を造っているようですが、石室の中には落ち葉などがいっぱいで、石室の全貌は分かっておりません。
この湯村山2号墳・3号墳をみますと、古墳が隣接して造られていますね。これは群集墳というもので、湯村山古墳群が造られた6世紀から7世紀頃(古墳時代後期から終末期)では列島各地で隣接して古墳がいくつも造られました。いまでは、多くの古墳は当時の姿を残していませんが、古墳時代では沢山の古墳がつくられた様子が想像できます。
ちなみに全国の古墳の大部分は、この時期につくられたものです。

遊歩道に戻り、湯村山の山頂へ向かう

 さて、けもの道を歩いてきましたが、来た道をくだって遊歩道に戻り、湯村山の山頂へ向かいましょう。15分くらい歩いていくと分かれ道にでます。その一角にあるのが湯村山6号墳です【写真7】。 

 写真だとわかりにくいですが、現地にいくと土の高まりがありますね(現地でもわかりにくい)。おそらく横穴式石室があったと考えられますが、壊れてしまったと思われます・・・。
この古墳はかつて鉄の刀(直刀)と耳飾り(金環)が発見されており、湯村山古墳群のなかで出土品がわかる数少ない事例です。

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 【写真7】湯村山6号墳

湯村山古墳群の地図

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ててっ!やまなし古墳・お宝マップ

  山梨県埋蔵文化財センターでは、『ててっ!やまなし古墳お宝マップ』シリーズを刊行しています。古墳や遺跡について紹介しており、詳細なルートも掲載しているので、古墳めぐりに最適なマップになっています!!

 これまでに、甲州市から市川三郷町の古墳などを紹介した甲府盆地南部編と山梨市から甲府市の東側地域までを紹介した甲府盆地北東部編の2冊が刊行されています。
今回紹介した湯村山古墳群についても取り上げている『ててっ!やまなし古墳お宝マップ~甲府盆地北西部編~』は甲府市の西側地域から北杜市を対象としており、2月下旬頃に完成予定ですので、みなさまお楽しみに!
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『ててっ!やまなし古墳・お宝マップー甲府盆地南部編ー』

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『ててっ!やまなし古墳・お宝マップ2ー甲府盆地北東部編ー』

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『ててっ!やまなし古墳・お宝マップ3ー甲府盆地北西部編ー』

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「甲斐風土記の丘・曽根丘陵公園周辺ルート」『ててっ!やまなし古墳・お宝マップー甲府盆地南部編ー』に掲載

参考文献

田代孝・萩原三雄1984「甲府市域の古墳分布と二、三の課題」『甲府市史研究』創刊号

甲府市市史編さん委員会1989「湯村山古墳群」『甲府市史』史料編第一巻原始古代中世 甲府市役所

坂本美夫1998「湯村山古墳群」『山梨県史』資料編1 原始・古代1 

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山梨県観光文化部埋蔵文化財センター 
住所:〒400-1508 甲府市下曽根町923
電話番号:055(266)3016   ファクス番号:055(266)3882

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