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更新日:2017年10月16日

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遺跡トピックスNo.0471三ノ側遺跡【さんのがわいせき】(都留市)

都留市の遺跡

0026四ノ側遺跡-平安時代住居-
0070玉川金山遺跡-奈良時代甕-
0080玉川金山遺跡-土坑墓-
0090玉川金山遺跡-炉穴-
0093玉川金山遺跡-鉄鏃-
0099玉川金山遺跡-地下式坑-
0118玉川金山遺跡-集石-
0182玉川金山遺跡-台石-
0082中溝遺跡-耳飾り-
0104天正寺遺跡-弥生土器-
0128天正寺遺跡-さまざまな弥生土器-
0153中谷遺跡-柄鏡形敷石住居跡-
0190中谷遺跡-三角とう形土製品-
0258中谷遺跡-注口土器と蓋-
0263中谷遺跡-集石土坑-
0167美通遺跡-敷石住居跡-
0174美通遺跡-猿橋溶岩と集石土坑-
0201美通遺跡-発掘調査速報-
0204美通遺跡-発掘調査速報2-
0206美通遺跡-発掘調査速報3-
0220美通遺跡-発掘調査速報4-
0281美通遺跡-イノシシ形装飾付浅鉢-
0289美通遺跡-D区発掘調査速報-
0300美通遺跡-D区発掘調査速報2・玦状耳飾り-
0175九鬼2.遺跡-埋納された装飾土器-
0305九鬼2.遺跡-蔵骨器-
0298三ノ側遺跡-皇朝十二銭・発掘調査速報1-
0303三ノ側遺跡-須恵器・発掘調査速報2-
0320三ノ側遺跡-竪穴住居跡のカマド・発掘調査速報3-
0326三ノ側遺跡-掘立柱建物-
0349三ノ側遺跡-羽口-
0372牛石遺跡-縄文時代のストーンサークル-
0400谷村城-歴史と変遷-
0413谷村城-発掘調査速報-
0422谷村城-水にまつわる遺構

所在地 都留市田原、上谷
主な時代 奈良・平安
報告書 山梨県埋蔵文化財センター調査報告書第290集
調査主体 山梨県教育委員会

 三ノ側遺跡は、山梨県都留市田原から上谷にかけて存在する大規模な遺跡です。1981(昭和56)年と2001・2002(平成13・14)年には、都留市教育委員会によって発掘調査が行われ、奈良・平安時代の竪穴建物跡などが発見されています。とくに1981(昭和56)年に行われた発掘調査では、皇朝十二銭の和同開珎や富寿神宝と呼ばれる銅銭や銅製の小壺などが出土しています。
 山梨県教育委員会では、2011(平成23)年の6月から12月にかけて県立産業技術短期大学校都留キャンパス建設に伴う発掘調査を行いました。調査を行った場所は、県立都留興譲館高等学校(旧谷村高等学校)の西側に隣接する区画で、それまで考えられていた三ノ側遺跡の範囲の中でも最も東側の地点にあたります。
 発掘調査の結果、奈良・平安時代の竪穴建物跡13軒、掘立柱建物跡4棟、奈良時代から中世にかけての土坑129基などが発見されました。また、竪穴建物跡のカマドを中心に土師器や須恵器などの土器、刀子などの鉄製品が出土しました。

三ノ側遺跡全景

 三ノ側遺跡から出土した8世紀後半の土師器の甕には、甲斐国(甲府盆地)で作られた甲斐型土器の他に、現在の神奈川県で作られた相模型や静岡県東部で作られた駿東型といった地域のものがみられました。今回はこれらの土器の違いを見ていきましょう。

甲斐型の甕

 赤褐色から暗褐色で石英や雲母を多く含む。長胴型で頸部周辺にくびれが見られる。頸部はくの字状に屈曲し、口縁部は直線的あるいはやや外反しながら立ち上がる。外面に縦方向のハケメ、内面に横方向のハケメや指頭痕が見られる。

甲斐型の甕

相模型の甕

 赤褐色からにぶい橙色で全体的にくすんだ色調である。胎土は素地がぼそぼそして隙間が多く見える。暗赤褐色から赤色の礫を含むものとほとんど含まないものがある。外面は縦方向に大胆なヘラ削りが施される長胴型のものと、ヘラナデが施される長胴型や球胴型のものがある。長胴型の口縁は体部から口縁部へ緩やかに外反するものが多く、ヘラ削りが施されるものには直線的にわずかに屈曲するものも見られる。球胴型のものは器壁が1cm前後と厚く、頸部がカーブを描いて立ち上がり、口縁部はやや開いて立ち上がる。

相模型の甕

駿東型の甕

 橙色から明褐色でやや赤みを帯びるものもある。胎土は非常に緻密で石英をごく少量含むものもある。球胴もしくは胴張型で、頸部がくの字状に鋭く屈曲し、口縁部は開きながら立ち上がるが、わずかに内反しながら立ち上がるものと外反しながら立ち上がるものがある。外面のハケメは非常に目が細かく彫りは浅い。内面のハケメは外面同様に目が細かいものとやや幅があり彫りの深いものが見られる。頸部から体部上半にかけて磨きが見られる。上部と下部を分けて製作してから接合しており、体部の中央からやや下方に接合部が見られる。

駿東型の甕

 


 このように相模型や駿東型の甕が多く見られる状況は、甲府盆地の中では見ることができません。このことは、当時の三ノ側遺跡周辺が相模地域や駿東地域と頻繁に交流があり、強い結びつきを持っていたことを物語っています。

 

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