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更新日:2017年6月23日

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遺跡トピックスNo.0464安道寺遺跡出土の水煙把手土器、誕生譚

 

 

甲州市の遺跡

  • 0001古婦毛遺跡-埋甕-

  • 0008大木戸遺跡-水晶製石鏃-

  • 0024大木戸遺跡-前期土偶-

  • 0053大木戸遺跡-緑釉陶器-

  • 0143大木戸遺跡-約6,000年前のイエの跡-

  • 0252大木戸遺跡-中期土偶-

  • 0011一ノ坪遺跡-埋甕-

  • 0032勝沼堰堤-砂防堰堤-

  • 0058勝沼堰堤2-水抜き穴-

  • 0078勝沼堰堤3-銘板-

  • 0074勝沼堰堤-砂防学習公園勝沼堰堤見学会報告-

  • 0033日川水制と上流堰堤群-直轄砂防工事-

  • 0064西畑B遺跡-内耳土器-

  • 0071北田中遺跡-古墳時代甕-

  • 0178影井遺跡-羽釜-

  • 0224安道寺遺跡-動物モチーフ付き土器-

  • 0260安道寺遺跡-土偶

  • 0404安道寺遺跡-不思議な形の土器-

  • 0322県指定史跡-武田勝頼の墓-経石-

遺跡トピック0425で紹介した安道寺遺跡の「水煙文土器(すいえんもんどき)」は、いまや山梨県指定文化財になって中部高地を代表する縄文土器として、今日も各地の博物館に貸し出されながら全国を旅しています。渦巻き文様をもつ塔のような大把手(とって)は、立ち上がる水煙を連想させます。特徴的なフォルムが魅力のこの土器は、見る者を圧倒する迫力があります。水煙把手(すいえんとって)をもつ土器は、山梨県を中心とした地域からよく出土し、似たようなものがいくつか知られています。ではいったいこの土器は、どのように誕生し、成立してきたのでしょうか。今回はその生い立ちの謎に迫っていきます。※ここでは水煙把手土器とよびます。

水煙文土器

0425_水煙文土器

水煙把手土器の発見

水煙把手土器の存在は昔から知れていました。しかし把手の部分のみが遺跡からよく掘り出されるだけで、いったいどのような土器になるのか、全体像がわかるものがありませんでした。最初にみつかった土器は昭和35年(1960)、長野県富士見町の曽利遺跡の発掘調査でした。このとき水煙把手がつく土器が二つ発見され、「水煙状に巻き上がる渦巻き状の大把手」がつく土器と表現されました。発掘者の藤森栄一は、当時よく知られていた新潟県の火焔形土器と対比して「水煙形土器」といい、日本美術史のあけぼのはこの土器の造形から始まると高く評価しました。

http://userweb.alles.or.jp/fujimi/idojiri/doki/doki001.html

現在「水煙渦巻文深鉢」と呼ばれているこの曽利遺跡の水煙文土器は、昭和38年にフランスといえばパリですがここでの「日本古美術展」へ出陳され、海外旅行をしてきました。さらに十年後の昭和47年(1972)には、なんと10円はがきにデザインされました。
昭和51年(1976)の価格改定まで、官製はがきとして全国を旅していたのでした。「そういえば」、と覚えている人もいることでしょう。土器なのに緑色に印刷されていましたが、往復はがきや小包はがきは青色バージョンです。

 

10円切手 はがきセット

水煙文土器は、縄文時代中期後半の「曽利式土器」という、山梨県を中心に広がる土器様式の初期に限ってつくられたものでした。さらに水煙把手土器は長野県だけではなく山梨県にも同じように広がっていることがだんだんわかってきました。昭和51年、山梨県塩山市(現甲州市)の安道寺遺跡の発掘調査が行われ、そこで今回紹介するこの水煙文土器は発見されました。曽利遺跡の土器よりはるかに大きい80cm超える大物でした。さらに類例は増えていき、山梨県でも広く出土する土器であることがわかってきました。

水煙把手土器のはじまり

これは笛吹市境川町の一の沢遺跡から発見された土器です。四つの大きな把手には渦巻き文様のある土器で、水煙把手土器より古い土器といっしょにみつかりました。水煙文土器の始まりの土器ではないか、と推測されました。この土器は山梨県ではもともと出土しないタイプのもので、東北地方南部から北関東地方に広がる大木8a式(だいぎはちえ~しき)土器に近いものです。つまり東北地方の大木式土器が、山梨方面へはいってきて、これをもとに独自に発達したものが水煙文土器である、と考えられました。その後、この一の沢遺跡の大木式土器と安道寺遺跡の水煙文土器の中間形態となる土器がつぎつぎと発見されてきました。他地域の土器をもとに山梨あたりで独自に発展させていった過程がわかってきたのです。

 

最古の水煙  

笛吹市一の沢遺跡で見つかった大木式土器は最古の水煙把手土器(重文)

 

 

上野原遺跡 一の沢やや古い

甲府市上野原遺跡の水煙把手土器は少し古い一の沢遺跡のやや古い水煙把手土器

まず、最古の水煙把手土器は、器形が大きくくびれていて、土器の縁に四つの大きな把手とそのあいだの小さな突起が並んでいます。大きな把手はそのままですが、そのうち小さな突起が胴部のくびれ部まで下がって、口縁部に文様の空白部ができます。そして胴部はくびれのない真っ直ぐなかたちとなって安道寺遺跡の水煙把手土器が完成します。

水煙把手土器の謎

こうして水煙把手土器の系譜が明らかになったかに思われました。しかし東北地方には山梨で出土するような大木式土器が実はみあたらないのです。文様の技法や器形は大木式土器なのですが、文様構成が異なっています。誕生の元となった東北地方の大木式土器が本場の東北地方にない?ではこの大木式土器はどこから来たのでしょうか。謎が深まります。次回はこの謎を追ってみたいと思います。

(つづく)

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