更新日:2025年2月26日
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中嶋 千里氏
東京で暮らしていた学生時代に農業を志した中嶋さんは、夢と理想を掲げて仲間たちと立ち上げた共同農場を経て独立。1985年に『ぶぅふぅうぅ農園』を設立しました。試行錯誤を重ねながら、日本初の完全放牧により、安全・安心な豚を育てる技術を確立。『安全で美味しいものを食べたい』という消費者の思いに応え続けている中嶋さんに、養豚に対するこだわりや思いなどを伺いました。
『ぶぅふぅうぅ農園』がある韮崎市穂坂町は甲府盆地の北西部に位置し、茅ヶ岳山麓の豊かな自然環境に恵まれた丘陵地帯です。全国有数の日照時間の長さと水はけの良さなどから果樹の栽培も盛んでブドウの名産地として知られ、富士山から南アルプス、八ヶ岳などの山々の眺望も素晴らしい地域です。そんな韮崎市穂坂町の小高い丘の上に広がる農園では、毎日豚たちが元気よく走り回ってのびのび過ごしています。「私は学生時代を東京で過ごしていました。当時はちょうど経済成長が加速していた頃で、公害問題などが出てくるようになり、私は『発展だけが本当に良いことなのか?』と考えるようになりました。同時期に化学肥料や農薬についても問題視されるようになり、そんな中で自給自足的な農業をする共同体のようなものを仲間と作ったのが農業に入ったきっかけです。数年後、私はこの地で独立しましたが当時から『完全放牧』が私の経営の基盤でした。この地域は日照時間が長く比較的土地が乾燥しているので、豚を健康に育てるのにとても適した環境です。現在は2ヘクタールほどの広さを農園として使っていますが、放牧地を2分して交互に使う二圃式を実施しています。このように一年毎に土地を休ませることは病気の予防につながるんですよ」と中嶋さん。日本では他に類を見ない完全放牧にチャレンジして45年が経ち、現在は母豚20頭、雄豚2頭、食肉にする豚150〜180頭を飼育しています。また農園の近くに自社の加工場を持ち精肉加工と販売も手掛け、繁殖から肥育、加工、販売まで一貫して行っています。
ぶぅふぅうぅ農園では基本的に抗生物質を使用していません。これは養豚の世界ではほとんどないことです。「一般的な養豚では効率化のため母乳を飲む期間を短くして高栄養の配合飼料を早くから食べさせるため早期離乳が行われています。早いところでは23日ほどで離乳させているようです。しかし、十分に成長する前に離乳すると穀物を消化する腸内細菌の働きが弱くて胃腸に負担がかかり、下痢をしたり、最悪の場合は死んでしまうこともあります。それに対し私の農園では生後45日まで母乳を飲めるように母豚と過ごさせています。こうすることで豚の免疫力が高まり抗生物質の投与は必要なくなるのです。もちろん病気になった時には、豚の負担を減らすため、応急処置として抗生物質を使う場合があります。ですが、太陽の光を浴び、土の上を走り回りながらストレスの少ない環境で育つ放牧豚は、豚が本来持っている生命力が引き出されるので、豚舎だけで飼われている豚より抵抗力が強く病気になることは少ないですね」と中嶋さん。ぶぅふぅうぅ農園では、まだ完全に体ができていない生後4ヶ月くらいまでは放牧場付きの育成舎で育ち、生後4ヶ月以降から出荷までは簡易な豚舎のみの完全放牧に移行していきます。
中嶋さんの農園の豚が健康に育つ理由は放牧しているからだけではありません。エサにもこだわりがあります。繁殖、子豚、肥育といったそれぞれの時期に合わせ、中嶋さんが研究した自家配合飼料を与えています。「日本の畜産は、ほとんど輸入のエサに頼っています。しかし私は本来なら捨てられてしまうエコフィード(食品製造副産物等)を使いエサの国産化を進めて極力輸入飼料に頼らない畜産に力を入れています。私が使用しているのは原料がしっかり確認できるものだけで、米糠、ナチュラルチーズ、オーガニックのポテトチップ、パン、乾麺などを主に使っています。パンは栄養価が高く、お肉にサシが入りやすくなるんですよ。ですが、副産物であるエコフィードは手に入る量やものが安定しなかったり、乾燥させて細かく砕いたりする手間がかかったり、結構大変です。しかし、放牧でよく動く上に、エコフィードでエサに対しての対応能力が上がることは豚の健康につながるので、エサの成分が豚の成長にどのような影響を与えるか常に気を配りながら自家配合飼料の研究を続けています。私は加工もしているので分かるのですが、エコフィードで健康に育った豚は肉質の良さはもちろん、内臓も全然違います。たとえば腸はしっかりした厚みがあって、モツが好きな人には美味しいと喜ばれています。それに食品ロスの観点からもエコフィードの利用を進める意義を感じています」と中嶋さん。養豚とともに環境問題にも視野を広げています。
【後編】では、ぶぅふぅうぅ農園のアニマルウェルフェアの取り組みや放牧豚の味わいの魅力などを紹介します。お楽しみに!