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ページID:29117更新日:2017年6月16日

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遺跡トピックスナNo.0226塩川遺跡(しおかわいせき)-中世の調理器具

北杜市の遺跡

0002甲ッ原遺跡-埋甕-
0009横針前久保遺跡-石器-
0018金生遺跡-中空土偶-
0031天神遺跡-硬玉製大珠-
0050天神遺跡-石匙-
0336天神遺跡-集落跡-
0057丘の公園第2遺跡-石器-
0134丘の公園第2遺跡ほか-陥し穴-
0075原町農業高校前遺跡-縄文土器-
0076原町農業高校前遺跡-縄文土器-
0109原町農業高校前(下原)遺跡-陥し穴-
0115原町農業高校前遺跡-人面装飾付土器-
0137原町農業高校前遺跡-人面装飾付土器-
0094清里バイパス第1遺跡-陥し穴-
0112海道前C遺跡-人面装飾付土器-
0254海道前C遺跡-抽象文土器-
0138甲ッ原遺跡-縄文時代前期初頭の住居-
0142金生遺跡-耳飾り-
0169甲ッ原遺跡-石皿とすり石-
0212甲ッ原遺跡-琥珀垂飾について-
0294甲ッ原遺跡-漆が塗られた土器片-
0405甲ッ原遺跡-特殊脚付鉢-
0226塩川遺跡-中世の調理器具-
0236天神遺跡-日本最古のヒスイのペンダント-
0237酒呑場遺跡-マメの圧痕-
0308酒呑場遺跡-火焔型土器-
0316酒呑場遺跡-産まれる縄文人-
0319酒呑場遺跡-海へのあこがれ-
0239甲ッ原遺跡-縄文時代前期初頭の住居跡と土器-
0271金生遺跡-鉄釉兎形水滴-
0272中込遺跡-絡条体圧痕文土器-
0315郷蔵地遺跡-敷石住居-
0323金生遺跡-縄文ランドスケープ-
0328酒呑場遺跡-酒呑場遺跡で見つかった『謎』の土器片-
0399酒呑場遺跡-豊かな縄文時代中期文化を代表する683点の出土品-
0338柳坪遺跡-縄文時代中期の土器-
0377丘の公園14番ホール遺跡-長大な石槍で狩りをする人々の15000年前の石器作り工房跡-
0380日影田遺跡-住居跡と炉-

中世の調理器具

0226_塩川遺跡内耳土器01

(写真1)

写真1の土器は何だと思いますか。高さ約8cm、直径約32cmあります。真横から見ると、少し深めのお皿に見えますが、この土器の内側を見てください。(写真2)

0226_塩川遺跡内耳土器02

(写真2)

内側に二つの把手(とって)が付いています。内側に耳のように付いているので内耳土器(ないじどき)と呼んでいます。

これは中世から使用されるようになった鍋(なべ)です。遺跡トピックスNo.64西畑B遺跡でも少しこの土器について紹介していますが、この耳のところに縄やつるをかけ、つるして囲炉裏(いろり)で使用しました。内側に耳がついているのは、炎で縄、つるが燃えないようにするためです。下図のように使用していたと考えられますが、内耳土器の内面は芋汁などを煮た時にできる焦げた跡があまり見られず、どのようなものを煮ていたのか今後検討する必要があります。

0226_内耳土器想像図

(想像図)

はるか昔、縄文時代から炉(ろ)を用いていた生活が、古墳時代からカマドの使用に変わり、そして再び囲炉裏として炉が復活したわけです。その背景は、食生活の変化、それによる調理法の変化、発展などいろいろ考えられます。

ひとつの鍋からでも、そうしたことが垣間見られます。

内耳土器は先に鉄製の鍋が存在していて、それを真似して土製の内耳鍋として登場しました。その理由としては鉄の生産が少なくその代わりに土製の鍋が作られたという説などがあります。

山梨県内では、内耳土器の出土例は中近世の遺跡から多くみられますが、鉄製の内耳鍋はまだ見つかっていません。今後発掘によって見つかる可能性があるのか、それとも土製のものしか存在しないことが山梨の特徴なのか、これからの研究課題のひとつです。

塩川遺跡の概要

塩川遺跡は、塩川ダム建設に先立ち1989年から3年にわたり発掘調査を実施した遺跡です。調査区はA区、B区の二つに分かれ、A区では特に縄文時代前期、中期の土器群の資料が注目されます。

B区では縄文時代、古墳時代、平安時代の住居跡のほか、中世の五輪塔、近世の墓こう等が発見されました。

所在地:北杜市須玉町比志3870番地ほか(A地区)、北杜市須玉町小尾200番地ほか(B地区)

時代:縄文時代、古墳時代、平安時代、中世、近世

調査期間:1989年~1991年

報告書:山梨県埋蔵文化財センター調査報告書第70集

考古博物館で内耳土器が展示されています

今回取り上げた塩川遺跡の内耳土器は普段お目にかけることができませんが、考古博物館では二本柳遺跡(にほんやなぎいせき)の内耳土器が常設展示されています。こちらの土器は底が深いです。内耳土器は時代が新しくなるにつれて底がだんだん浅くなっていきます。鍋というよりは焙烙(ほうろく)として豆を煎(い)ったりする際に使用したと思われます。内耳土器の深い底のものは徐々に別の型の鍋に取って代わられ消えていったのでしょうか。

0226_二本柳内耳土器

 

 

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