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ページID:8059更新日:2016年2月1日

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遺跡トピックスNo.0158住居跡その2平野遺跡(ひらのいせき)

富士川町の遺跡

  • 0005鰍沢河岸跡-泥めんこ-
  • 0025鰍沢河岸跡-礎石建物跡・井戸-
  • 0027鰍沢河岸跡-石垣・粘土枠遺構-
  • 0030鰍沢河岸跡-口留番所跡-0035鰍沢河岸跡-道・区画-
  • 0047鰍沢河岸跡-胞衣壺-
  • 0048鰍沢河岸跡-磁器・泥めんこ-0068鰍沢河岸跡-文政の大火-
  • 0092鰍沢河岸跡-目薬瓶-
  • 0113鰍沢河岸跡-元禄一分判金-0117鰍沢河岸跡-文政の大火と磁器-
  • 0188鰍沢河岸跡-荷物置き場-0203鰍沢河岸跡-竹製の水道管-0208鰍沢河岸跡-陶器製湯たんぽ-
  • 0242鰍沢河岸跡-御蔵台-
  • 0270鰍沢河岸跡-うさぎ文様の茶碗-
  • 0351鰍沢河岸跡-お茶碗にみるものがたり-
  • 0359鰍沢河岸跡-統制番号製品-0015町屋口遺跡-水路・道路-
  • 0291町屋口遺跡-明治時代の磁器-
  • 0360町屋口遺跡-河岸お蔵道-0114青柳河岸跡-石垣-
  • 0158平野遺跡-焼失住居跡-
  • 0375鰍沢河岸跡-泥めんこ-

平野遺跡は、甲府盆地の北西部、富士川町(旧増穂町)に所在し、山沿いのゆるやかな斜面、標高315m~350m地点に位置します。森林総合研究所の建設に伴って、1991年に発掘調査が行われました。
調査の結果、弥生時代後期(約1,700年前)を中心とする集落跡が確認され、多くの住居が確認できました。住居跡からは焼けた土や炭化材など火災を受けたようすが見られ、当時の人々の生活を垣間見ることができます。

0158_平野遺跡遠景0158_平野遺跡調査状況

〔写真左〕平野遺跡遠景〔写真右〕発掘調査のようす

焼失住居跡

0158_平野遺跡9号住居0158_平野遺跡9号住居跡炭化材

〔写真左〕9号住居跡〔写真右〕炭化材の出土状況

上の写真は、平野遺跡から発見された焼失住居跡です。焼失住居は、弥生時代後期後半に多く見られます。平野遺跡から発掘された竪穴住居跡(たてあなじゅうきょあと)25軒中、12軒から焼けた土や炭化材、壁面や床面などに焼けた跡が見られました。住居跡の広い範囲から焼けた土や炭化材が見られ、9号住居跡では、北西隅から木材を組み合わせた状況が確認できる炭化材が出土しました。
これらは、様々な支配権をめぐるムラ同士、地域間での戦いに伴うものと住居の建て替えに伴って住まなくなった住居を廃棄するために焼いたのではないかとする説が考えられます。

 

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