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ページID:92228更新日:2019年11月1日

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遺跡トピックスNo.0503中島遺跡(山梨市)~土器に刻まれた「馬」~

山梨市の遺跡

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遺跡の概要

 中島遺跡は、西関東連絡道路の建設工事に伴って調査された遺跡です。西関東連絡道路と国道411号が合流する山梨市岩手ランプの手前に位置しています。試掘調査で平安時代の遺物が発見されたことから、平成28年7月~9月初頭にかけて発掘調査が実施され、調査区全面から土師器の坏・甕の破片がたくさん発見されました。

所在地:山梨県山梨市東地内
時代:平安時代
報告書:山梨県埋蔵文化財センター調査報告書第323集
調査機関:山梨県埋蔵文化財センター

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「馬」の文字の観察

 今回の資料は、土師器坏の底部の外側に、先の尖ったヘラ状のもので文字などを刻んだ刻書土器です。

 短辺1cm、長辺1.5cmほどの一文字です。この字をよく見ると、馬という字の画数のうち、5画目まではまさしく馬を漢字で書こうとしているようですが、6画目の直線部分が表現されず、折り曲がった部分しかかかれていません。最後の点、4つも直線で表現していて、習字でいう行書体のように見えます。一瞬、見たところ「馬」という字ですが、馬のお尻から脚にかけて絵のようにも見えます。馬が横たわっている姿とか、走っている姿に見えてきませんか?

 山梨県内で、馬に関係する遺物は多くはありません。土器に限ると、北杜市宮間田遺跡から出土した「牧」と、「馬」という字を鏡文字にした墨書土器、市川三郷町上野原遺跡から出土した土師器に書かれた馬の絵、笛吹市狐原遺跡から出土している「午」の書かれた墨書土器の数点となります。そのため、今回の発見は、山梨県内の馬に関する文字資料として貴重な追加資料となりました。

 

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左:刻書土器 右:「馬」文字拡大

 中島遺跡の特徴

 これらの墨書土器や刻書土器は、当時の牧場である「牧」や古代の役所「官衙」に関係するところからの発見が多いといわれています。「牧」や「官衙」は、公的な施設ですから文字が書ける人が、人名や役所名、土地の名などを土器に書いたのでしょう。今回の資料が出土した中島遺跡は、現在の笛吹川の左岸にあり、度重なる水害に見舞われてきたことが、過去の文献などからわかっています。
「馬」という文字が書かれた時代には、この地域に「牧」や「官衙」に関係する建物などがあり、河川の氾濫などにより建物は流されてしまったけれど、一部の土器などが、岩や砂に埋もれ残された状態だったのではないかと考えています。

 

 

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