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ページID:61735更新日:2018年6月15日

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遺跡トピックスNo.0398金の尾遺跡県内最古のガラス玉

 

甲斐市の遺跡

0218金の尾遺跡-土偶-
0228金の尾遺跡-紡錘車-
0273金の尾遺跡-4号住居-
0398金の尾遺跡-県内最古のガラス玉-
0245唐松遺跡-炉のない家-
0363唐松遺跡-炉と土偶-
0253竜王2号墳-馬具にみる古代の技術-
 

0398_金の尾遺跡全景

金の尾遺跡航空写真(上が竜王駅JRの線路が見える)

(1)金の尾遺跡とは?

金の尾遺跡(かねのおいせき)は、中央本線竜王駅から北側に約400mに位置する縄文時代と弥生時代の遺跡です。遺跡は、昭和54年から55年にかけて、中央自動車道建設に伴う事前調査として発掘されました。

本遺跡は現在の中央自動車道甲府昭和インターチェンジと韮崎インターチェンジの中間地点、甲府昭和よりの甲斐市(当時は中巨摩郡敷島町)大下条にあって、甲府市と甲斐市の境を流れる荒川の扇状地末端に位置しています。

発見されたのは縄文時代の集落跡と、当時の甲府盆地では初めての発見となる弥生時代の大規模集落跡と周溝墓群でした。

所在地:甲斐市大下条金の尾

調査機関:山梨県教育委員会、日本道路公団

時代:縄文時代、弥生時代

報告書等:『山梨県敷島町金の尾遺跡調査略報』1980長野県考古学会誌36

『金の尾遺跡・無名塚(きつね塚)』1987山梨県埋蔵文化財センター調査報告第25集

金の尾遺跡の過去のトピックはこちらをご覧ください→No.218No.228No.273

(2)県内最古のガラス玉発見

調査区域のほぼ中央の北よりで、長さ約2m×幅1mの土坑を発掘していた作業員が、突然私たち調査員に近寄ってきてこう言ったのです。

「誰かがふざけて、こんなビーズを埋めたみたいです」

彼女の手のひらには、細かい気泡が含まれたスカイブルーの美しいガラス玉がのっていました。

「これ、どこから出たの?掘り出した土はどこに捨てたの?」

土坑の方は、深さが30cmほどで、ほとんど底面まで掘り終わっていましたが、彼女は掘り出した土を一ヶ所に纏めていたので、その土を全て「ふるい」にかけました。掘り出された土の山の上の部分(土坑の底面に近い部分の土)から7個のガラス玉とリング状の銅製品が発見されたのです。(現在これらは全て県立考古博物館に展示されています)当時(35年前)の発掘調査は、今のそれに比べれば少々荒っぽいところもありました。しかし「結果良し」とすべき例でしょう。

状況から見て、土坑は墓坑であることは間違いないでしょう。ちょうど成人が一体横たわれる大きさです。周辺を精査しましたが周溝は見つかりませんでした。この県内最古のガラス玉が発見された遺構は金の尾遺跡7号特殊遺構と命名されました。

0398_方形周溝墓群

金の尾遺跡周溝墓群

0398_県内最古のガラス玉photo by ogawa

金の尾遺跡出土県内最古のガラス玉

(3)ガラス玉のふるさとと製法

後に県立博物館の学芸員が、この金の尾遺跡のガラス玉の分析を行い、考古博物館で一部成果の発表会が行われました。結論をまとめると以下の通りです。

1.ガラスはソーダガラスで、中国製ガラスに見られる鉛やバリウムは見られない。つまりガラスの素材は西アジア方面から伝えられたものと考えられる。

2.ガラス玉の製法は、穴の表面状態から見て現代でも一般的な「巻き取り法」ではなく、鋳型から「鋳造」されたものと考えられる。

以上が金の尾遺跡出土の県内で最も古いガラス玉の顛末です。発掘当時の状況を知る人間も現在では私以外皆退職して埋蔵文化財センターを去ってしまいました。なかなか普通では表面に現れない事実も、こうして書き留めておくことも歴史に関わる人間の仕事かなと思い、今回のトピックの内容になりました。

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