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更新日:2016年2月25日

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埋蔵文化財センター遺跡トピックスNo.0376吉田口登山道-馬返し地点-

 

 

富士吉田市の遺跡

  • 0310 中世の吉田宿-古吉田-
  • 0341 史跡富士山-震災復旧工事-
  • 0376 吉田口登山道-馬返し地点-
  • 0387 吉田口登山道-旧登山道-

はじめに

吉田口登山道は、平成8年度に文化庁から歴史の道百選に選定されました。この選定を踏まえて、地元の富士吉田市教育委員会は、吉田口登山道保存活用計画を策定しこの計画に基づいて「富士山吉田口登山道整備活用推進事業」として登山道の調査と整備を行いました。

山梨県埋蔵文化財センターでも平成21年度から平成23年度までの3年間、吉田口登山道を含む山岳信仰にまつわる遺跡の確認調査を実施しました。この調査成果が平成23年2月の史跡富士山の指定につながりました。また平成24年度には平成23年3月11日及び3月15日の大地震により倒壊した石造物等の復旧事業を行いました。

0376_H21踏査の様子

平成21年度_山岳信仰遺跡分布調査の踏査

0376_平成24年度石像物復旧の様子

平成24年度_石像物復旧の様子

関連する過去の遺跡トピックスはこちら

0310中世の吉田宿-古吉田-2011.10.28~2011年11月8日

0341史跡富士山ー震災復旧工事ー2012年6月6日~2012年6月13日

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富士吉田市文化財調査報告書

第3集『富士山吉田口登山道関連遺跡-歴史の道整備活用推進事業に伴う調査報告書-』

第4集『富士山吉田口登山道関連遺跡2.-歴史の道整備活用推進事業に伴う調査報告書-』

山梨県埋蔵文化財センター調査報告書

第285集『山梨県山岳信仰遺跡群詳細分布調査報告書』

第289集『国指定史跡富士山復旧事業(吉田口登山道)報告書-中ノ茶屋・馬返し・一合目(鈴原社)地点-』

富士登山の歴史

富士山はその美しい外観と人々にもたらす脅威から、古来より畏敬と崇拝の対象として崇められてきました。

富士山信仰がはじまった当初は、富士山は麓や山から離れた場所から拝まれるだけでした。

それが平安時代以降、仏教の影響をうけ、修験者が修行を行う場として変化します。

さらに、中世になると御師の布教活動によって富士山信仰が一般に広まり、修行者以外も信仰のために富士山に登るようになります。富士講と呼ばれる富士山を信仰する人の集まりが形成され、江戸時代後期には富士講による登山が最も盛んになったようです。

近代から現代にかけては、東海道線や中央線、富士山有料道路(富士スバルライン)の開通というように順次富士山周辺へのアクセスが容易になり、より一般の人が登山しやすい条件が整えられていきました。これによって中世以来の信仰のための登山は、現在様々な目的を持った登山に変化してきています。しかし、そのような変化の中でも吉田口は当時のように麓から山頂まで歩いて登ることができる唯一の登山道です。

0376_吉田口登山道

吉田口登山道略図

馬返し地点

0376_石造鳥居

この写真は平成21年度に吉田口登山道の馬返し地点で撮影されたものです。

馬返しとは一般に、登山道で道が険しくなり乗ってきた馬を返し徒歩に変わる地点をいいます。

また、ここから先は神聖な場所とされ鳴き物(馬など)は禁止されてもいました。

ところで鳥居の手前に向かい合って並んでいるのは何でしょうか?実は・・・。

0376_猿像0376_猿像2

お猿さん!

一般的に鳥居の前に居る動物といえば、狛犬とかお稲荷さん(キツネ)のイメージが強いかと思われます。なぜ猿なのでしょうか?

一説では、富士山が出現したのが申(さる)の日であったという言い伝えが、庚申信仰と結びつき、猿が富士山の使いと考えられるようになったとされています。江戸時代のお札の多くにも、猿が描かれているのが確認できます。

ところで、この猿像も鳥居の貫(ぬき)の部分もずいぶんきれいな状態だと思いませんか?実はこれは、平成になってから富士吉田市が「富士山吉田口登山道整備活用推進事業」で復元した物なのです。
この地点を発掘調査した際に見つかった猿像は2個体分ありましたが、大部分が欠落した不完全な状態でした。そのため復元に際しては、この地点が描かれた絵図や古写真、江戸時代のお札が参考にされています。写真では分かりづらいですが、口元や足の向きが微妙に異なるよう仕上げられています。

今回は、馬返し地点のみの紹介となりますが、吉田口登山道では一合目も復元整備されていて、明治40年以前の姿に近づけてあります。
この夏、富士山へ登ろうとお考えの方は、そんなところにも注目して歴史あるこの登山道を歩いてみてはいかがでしょうか。

 

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