昔、天下泰平を目指す戦陣に、ひるがえった旗指物、吹流しが、江戸時代後半に端午の節句の 祝いののぼりとして立てられるようになったのが、その起こりと伝えられています。
幕末の弘化4年(1847年)には、「幟・菖蒲脇差等、五節句の取りやり一切致すまじく」と いう布令がでており、この頃単語の節句に幟を贈る習慣が定着していました。

井上家の先代、6代前の井上品兵衛が藍染を始め、万延年間(1860年頃)2代目文佐衛門、 3代目豊松が従来の染めに武者登り、鯉のぼりを取り入れました。幕末から明治初年頃と言われ る五月幟が井上家に保存されています。

4代目孫太郎の時代は、盛んにのぼりが立てられ、多くの職人を抱えました。5代目豊、6代 目豊彦と受け継がれ、現代も端午の節句の1ヶ月ほど前から庭先で、男の子の成長を願って立て られています。

 

武者のぼり・鯉のぼりとも綿100%の製品です。

すべて手作りで、その技法は、江戸時代の頃より変わっておらず、下絵も又、当時からの物を使用しています。

糊に使用している、もち粉、米ぬかは、国内産を使用、豆汁の大豆は、自家製で無農薬のものを使用しています。