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スズ竹工芸品職人・在原建男さん写真1(トップ)

富士河口湖町勝山スズ竹伝統工芸センター

ありはら たつお

在原 建男

江戸時代初期から富士河口湖町勝山地区では、富士山2合目に生息しているスズ竹を使用した籠(かご)や笊(ざる)などが製作され、生活のなかで重宝されてきました。やがて「甲州郡内ザル」と称して笊を行商し、富士勝山スズ竹工芸品は全国的に広まっていきました。平成10年には、山梨県の郷土伝統工芸品の認定を受け、今再び銘品として注目されています。

暮らしから生まれた富士勝山のスズ竹細工

 籠は農村での農閑期などに身近な植物などを編んで製作される日用品の一つで、日本では縄文時代から用いられた跡が見られます。平安時代には竹籠が生活に欠かせない必需品となり、村に一軒は竹屋があったといわれています。
 富士河口湖町勝山地区には、富士山山中最古の神社である冨士御室浅間神社があります。戦国時代、武田氏三代の敬信を厚くうけ、関係古文書等も数多く所蔵している歴史ある神社は、噴火を繰り返す富士山を神が宿る山として人々が畏れ、噴火を鎮めようと麓に建立されたものです。歴史ある地域ながら富士山麓の土地は川がないため稲作には向かず、勝山地区の人々は畑作や織物生産、養蚕などを生業とし、富士北麓の原生林に自生する「スズ竹」を使ってカゴやザルを製作し行商していた人もいたそうです。

守るべき伝統を次代へ繋げる

 見た目の美しさや爽やかな香りはもちろん、しなやかで軽く丈夫で水切れも良い。使いこむほどに味のでるスズ竹の製品は、古くから広く愛されている伝統工芸品。このスズ竹細工を後世に繋げるべく後継者の育成にも努めながら、製造・販売しているのが「勝山スズ竹伝統工芸センター」です。昭和54年「勝山村甲州郡内ザル学校」として立ち上げられ、平成23年に現在の名称へと変更された施設は、「プラスチックやステンレスなどの新しい素材の波に押されて日本全国の竹産業が衰退する中、職人さんや竹細工を作ってみたい人を呼び集めて、伝統的な甲州ザルを作る後継者を育てようと始めたのがきっかけです」と、高い志のもとに設立されました。
 このセンターには、60歳代から最高齢は90歳代の人々が約20名所属しています。メンバーの年齢が高いことについて在原さんは、「手間暇かけて1つ作るのにも時間がかかる割に売値が安い。それでは若い人の生活は成り立たない、スズ竹細工で食べていくことは無理なのです。しかし定年を迎えた人の中には、まだ仕事をしたいという人やお小遣い稼ぎをしたい人、人と交流していたい人などさまざまな想いを抱えています。暇つぶしでもいいから、そんな場所をつくることも必要で、そこに技術を継承していくことが加われば一石二鳥ではないですか」と話します。スズ竹細工をつくる以外にも、週に1回富士山二合目まで行って材料のスズ竹を収穫し、土日になれば西湖の畔に茅葺屋根の家々が立ち並ぶ「西湖いやしの里根場」で実演販売も行う、平均年齢75歳のパワフルな職人たち。「ここは朝の9時から15時頃まで開いていますが、全員が毎日来るわけではありません。朝から来る人もいれば、早く帰ってしまう人もいる、自由なんです。このセンターのモットーは『無理強いさせない』こと」。人生を謳歌し、且つ技術を後世に繋げています。
 技術を継承するために、センターでは10ほどある工程毎の担当者を設けていないといいます。「分業にして誰かに何かあった場合、1工程でも欠けると完成できませんし、その部分の技術が途絶えてしまうということを避けるためです」。1人で最初から最後まで一連の作業をすることで、技術を生かし続け、受け継いでいくことができるのです。

今、抱えている切実な問題

 富士北麓の原生林に自生する「スズ竹」は、直径0.3~1.0cmほどの細さの竹です。このスズ竹を、スズ割りという工程で4~6つに割って表皮をはいだものを20~100本ほど使って製品をつくっていきます。様々な素材のカゴやザルが出回っていますが、長く使用できることや消臭・抗菌性といった機能に、近年再び「竹」が注目されています。「丁寧な編み方は問屋さんが見てもビックリするほどです。全国から注文が殺到しています」。しかし、人気の喜ばしさと裏腹に「15、6社あった取引業者さんを6社に絞らなくてはならなかった」とやり切れなさを吐露する在原さん。なぜ卸先を絞ったかというと、材料となるスズ竹が不足しているためです。「昔はかなりの量が採れたのですが今はまったくない。後継者問題より重要な問題になっています」。スズ竹は大木の周りの日陰を好み生育しています。昨今の木材需要の高まりから、大木を得るために入る大きな重機がスズ竹を踏みつぶしてしまうため、育たないのです。在原さんは、大きな木を見かけると、その周辺にスズ竹が生えていないか欠かさず確かめているといいます。

使ってわかるスズ竹の良さ

 富士勝山スズ竹工芸品の特徴は、前述の通りしなやかで軽く丈夫で水切れもいいこと。使いこむほどに飴色の艶が出て、毎日使っても都度きちんと乾かせば「40年〜50年は持ちますよ」という優れものです。戦時中に製造した兵士用の防暑ヘルメットがセンターに保存されていますが、80年余り前のものでも劣化がありません。丈夫な証ですが、その理由は2つありますが、ひとつは編み方です。「ヘギ引きで厚さを0.5ミリくらいから0.7ミリにしていき、1本1本編み込んでいきます。工程のどれも大切ですが、特に水平・垂直に組む『ブッコミ(網代編み)』や丸底にするため放射線状にモジリ編みして広げる『三つ上げ』は隙間がない編み方で、日本中どこを探してもここだけと自負しています」。理由の2つ目は原料の採集地で、富士山の2合目から3合目、海抜1200m前後の高所で寒さに耐えて育ったスズ竹の力です。技術と自然環境が合わさって、丈夫で作り手の愛情が伝わってくる製品が生まれます。
 センターでは職人が楽しく熱心に作ることを大切にしているそうです。「皆勉強熱心です。自分で道具を手作りしてまで作りたいという気持ちで、ここに来ています。だから見ただけで質が良いものだと分かるんです。それにスズ竹細工を後世に繋げていける安心もあります」。
 野菜を洗う、お米を研ぐ、そばを盛るなど台所用品として使う以外に、最近はインテリアとしても活用するほど用途が多様化しているスズ竹細工。使うほどに深まる色艶もまた醍醐味です。機能性と併せて、私たちと共に歳月を重ねていき、時代が変わろうとも暮らしをより豊かにしてくれる日用品として、これからも生活に溶け込んでいくことでしょう。

作品紹介

企業情報

富士河口湖町勝山スズ竹伝統工芸センター