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更新日:2017年6月13日

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遺跡トピックスNo.0356石橋条里制遺構-古代の土地区画整理-

笛吹市の遺跡

0014経塚古墳-復元古墳-
0217経塚古墳-内部構造-
0251経塚古墳-石室の石積み-
0280経塚古墳-列石-
0396経塚古墳-八角形の意味-
0019桂野遺跡-石皿・磨石-
0100桂野遺跡-陥し穴-
0111桂野遺跡-前期土偶-
0262桂野遺跡-縄文時代前期の住居跡-
0265桂野遺跡-土器に描かれた物語-
0020四ツ塚古墳群-玉類-
0235四ツ塚古墳群-装身具-
0022狐原遺跡-墨書土器-
0059平林2号墳-副葬品-
0079平林2号墳-青銅鏡-
0102平林2号墳-ガラス玉-
0202平林2号墳-馬具類や装身具類-
0240平林2号墳-勾玉-
0337平林2号墳-勾玉-
0081身洗沢遺跡-田んぼと木製品-
0230身洗沢遺跡-プラント・オパール-
0339身洗沢遺跡-農具の今と昔-
0125水口遺跡-柄鏡形敷石住居跡(1号住居跡)-
0355水口遺跡-敷石住居跡(3号住居跡)-
0135花鳥山遺跡-エゴマ種子塊-
0194花鳥山遺跡-縄文時代の食生活を知る遺物-
0199花鳥山遺跡-世界最大級の縄文土器?-
0406花鳥山遺跡-耳飾り-
0145竜安寺川西遺跡-発掘調査速報-
0155竜安寺川西遺跡-発掘調査速報2-
0165竜安寺川西遺跡-発掘調査速報3-
0179竜安寺川西遺跡-ミニチュア土器-
0147境川中丸遺跡-発掘調査速報-
0157境川中丸遺跡-発掘調査速報-
0181境川中丸遺跡-S字状口縁台付甕-
0148一の沢遺跡-縄文時代中期の住居-
0293一の沢西遺跡-ヒトをモチーフにした土器-
0307一の沢遺跡-縄文土器-
0350一の沢遺跡-みんなで応援しよう!「ミュージアムキャラクターアワード2012」のいっちゃん-
0150稲山遺跡-発掘調査速報-
0160稲山遺跡-発掘調査速報2-
0170稲山遺跡-発掘調査速報3-
0209稲山遺跡-常滑甕-
0229稲山遺跡-すり鉢-
0288稲山遺跡-かわらけ-
0151三光遺跡-発掘調査速報-
0166三光遺跡-発掘調査速報5-
0171三光遺跡-発掘調査速報6-
0186三光遺跡-耳飾り他-
0173二之宮遺跡-食材をふかす道具-
0284二之宮遺跡-置きカマド-
0219亀甲塚古墳-盤龍鏡-
0264亀甲塚古墳-碧玉製管玉-
0234御坂中丸遺跡-縄文時代早期-
0275馬乗山2号墳-甲府盆地最後の前方後円墳-
0331地耕免遺跡-斎串と馬の歯-
0354中丸東遺跡-縄文時代前期の土器と古墳時代の住居跡-
0356石橋条里制遺構-古代の土地区画整理-
0371太鼓畑遺跡-調査概要-
0382六ッ長遺跡-調査概要-

石橋条里制遺構の概要

石橋条里制遺構は、中央自動車道建設に伴い昭和55年4月から昭和56年5月まで行われた発掘調査により発見されました。今の笛吹市境川町三椚・石橋地区の3地点が調査され、そのうち2つの地区から平安時代中期・後期を中心に、竪穴住居跡・掘立柱建物跡・井戸跡・素掘り溝・条里型地割り線などの遺構が発見されました。これらの発掘調査の成果により、境川扇状地の扇端にあたる笛吹市境川町三椚・石橋地区において条里制が施工されるのは11世紀後半と推定されました。そして、石橋条里制遺構が所在する場所は地下水位が高く、当時の踏鋤曲物容器といった木製の日用品や建物に使用された柱などが腐らずに残っていました。こうした遺構・遺物の発見により、条里制が施工された時代に人々がどのように生活していたのか推定する資料が得られました。

石橋条里制遺構_掘立柱建物

石橋条里制遺構_木製品

掘立柱建物の柱穴跡

井戸状遺構出土の鋤先と曲物

石橋条里制遺構_柱その1

石橋条里制遺構_柱その2

石橋条里制遺構_柱その3

 

掘立柱建物に使われた木柱

 

条里制とはなにか

では、そもそも「条里制」とはどのようなものか確認しておきましょう。大宝元(701)年、大宝律令が制定されます。この律令制度において、庶民の生活を安定させつつ国力を強化する方法の基礎として、籍帳制度と班田収授法が実施されました。これらの制度は、戸籍を作成して、その戸籍をもとに一定の年齢に達した人に土地を与え、その土地の収穫高に課した税を支払わせるためのものです。この制度を円滑に実施するために、土地の区画整理が行われました。土地を、一定の大きさの方形を一単位として区画することで、土地の面積や位置を明確にし、土地の収穫から一定の租税を徴収していました。

では、「条里」とはなんでしょうか。上記の土地の区切り方では、土地を六町(約654m)で縦横に区切りました。このとき、土地を区画する碁盤状に張り巡らされた線が「条(じょう)」で、その条で区切られた四角が「里(り)」、合わせて「条里(じょうり)」ということになります。下の図では、条里制の土地区画が境川・浅川を取り囲んでいる様子が見て取れます。

石橋条里制遺構_条里位置図

石橋条里と調査位置図

古代の土地区画の痕跡

石橋条里制遺構では、条里の痕跡は少なく、どちらかといえば条里制が施工された時期の集落の様子がわかる遺跡として評価できます。たとえば第1地区で発見された掘立柱建物から出土した土製管玉や土製棗玉などの祭祀遺物や井戸状遺構から出土した踏鋤や曲物は、当時の人々が何を思い、どのような道具を使用して生活していたかわかる遺構・遺物です。このような過去の生活状況が推定できる遺跡が、条里制が施工された時期・場所で発見されたことを合わせて評価していくことが重要です。

今回紹介した古代の土地区画は、なにも石橋条里制遺構がある地域にのみ見られるものではありません。航空写真や地図を見てみると、山梨県内でも様々な場所に条里の痕跡が見られます。普段、道を歩いているだけでは気が付かない狭い道や曲がり角。もしかしたら、古代の土地区画を示す「遺構」なのかもしれません。

関連報告書:山梨県埋蔵文化財センター調査報告第3集「石橋条里制遺構・蔵福遺跡・侭ノ下遺跡」1984年

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