ここから本文です。

甲州手彫印章職人・二宮啓太さん写真1

印章彫刻 宏雅堂 印章彫刻士

にのみや けいた (にのみや たいせき)

二宮 啓太(二宮 岱石)

日本特有の意思確認手段として根付いている印章文化。世界的に見ても、契約の締結時など手続きに印章を使用している国は、今や日本のみといわれています。しかし、昨今の生活様式の変化と技術革新によってデジタル化が進み、企業を中心に脱ハンコの流れが広がりつつあります。一方で、甲州手彫印章が伝統的工芸品に指定されている山梨県でも、印章彫刻士の高齢化とともに、後継者不足が課題となっています。そんな印章業界に吹く逆風をものともせず、ハンコの魅力を独自の目線と手法で発信する若き印章彫刻士・二宮啓太さんが地域でも期待の若手として注目を集めています。

創業者の想いを受け継ぎ70余年

 国道52号から富士川をまたぐ峡南橋を渡り、県道404線に沿って進んだ山間の小さな集落に「宏雅堂」の工房はあります。宏雅堂の創業者である二宮保房は、大正9年(1920年)、宮大工を営む二宮家の三男として誕生。第二次世界大戦後、印章彫刻業を生業にしていた兄・澄太郎のもとで印章技術を修業しつつ、印章の外交員として東京や千葉へ出向き、印章販売を行いました。その後、昭和26年(1951年)に独立。宏雅堂を開業し、岱石という雅号を名乗ります。高級手彫印章を中心に製作する一方、「人と印章との出会いを大切にしたい」との思いから、卒業記念印章の彫刻を始め、従業員10人を雇い入れるほどに事業を拡大させました。そんな保房の実直な仕事ぶりは、昭和61年(1986年)に受けた山梨県の卓越した技能者表彰に裏付けられ、山梨県印章技術師連合会会長や下部町印章業組合会長も務め、県内の印章業界発展に貢献してきました。
 平成3年(1991年)になると、息子の千章が厚生労働大臣認定一級印章彫刻技能士を取得し、二代目岱石を継承します。全国印章技術大競技会など各大会で優秀な成績を残し、県印章彫刻業組合の役員なども務めた千章は、町の地場産業の振興のため、身延町印章業組合として地元中学校の卒業生を対象に、校章入り記念印章を寄贈。印章と人の繋がりを大切にしながら、宏雅堂を後へ託しました。現在宏雅堂を営むのは、三代目岱石として活動する二宮啓太さん。甲州手彫印章の伝統を守りつつ、印章の魅力やものづくりの素晴らしさをSNSで発信するなど、印章業界の新たな牽引者となるべく日々取り組んでいます。

苦労と努力を重ね、開花させた才能

 小さな頃から運動が好きで、地元の少年野球チームに所属し、将来はプロ野球選手を夢見る少年だった二宮さん。小学生時代には、図工や書道にも意欲的に取り組み、アニメの絵を模写したり、書き初め大会で入賞したこともあったそう。「今思えば、当時から芸術的な感性はあったのかもしれません」と笑いながら少年期の思い出を振り返ります。高校卒業後は、県内の大学へ進学。入学前から興味のあったゴルフ部に入り、卒業後もゴルフ場で働きながらプロを目指すほど、熱心に打ち込んでいました。しかし、繁忙期に家業の印章の仕事を手伝ううちに、徐々に印章の奥深さを知り、平成25年(2013年)、彫刻士としての道を歩み始めました。「学校などで専門的に学んだわけでもなく本当にゼロからのスタートでした。職人気質だった父から手取り足取り教えてもらうということはなかったですし、父が彫った印章をお手本にしながら見様見真似で何本も彫り続けました」と当時の苦労を語ります。
 未経験のまま飛び込んだ印章彫刻の世界でしたが、「家業を継ぐのであれば、徹底的に極めて“日本一の印章彫刻士”になってみせる」と目標を掲げた二宮さん。平成28年(2016年)に厚生労働省による印章彫刻士唯一の認定である印章彫刻技能士の二級を取得すると、翌年には印章技術を競う全国大会『大印展』で最高賞の金賞に選ばれました。「印章を始めた年から毎年挑戦している大会ですが、前年まで3年連続で銅賞だったこともあり、悔しさから何度も反省点を振り返り、やっとの想いで勝ち取った金賞でした。本当に嬉しかったです」。印章彫刻を始めてわずか4年での受賞は、県内の印章業界でも話題となり、新聞やテレビなどメディアでも功績が称えられました。さらに5年後の令和4年(2022年)、印章彫刻技能士の一級を取得。着実に技術を積み重ねる二宮さんは、甲州手彫印章界で最も若い彫刻士として、日本一を目指して邁進しています。

世代を越えて彫り続ける宏雅堂らしさ

 祖父と父親が大切にしてきた“一生使える印章”と“人と印章の出会い”への想いを受け継ぎ、宏雅堂では伝統的な甲州手彫印章とともに、卒業記念印章の製作も継続して行っています。全国各地から受注を受けるため、毎年8月頃から計画的に製作を進め、時には1週間で1,000本を仕上げることもあるといいます。日々製作を行う二宮さんが常に意識していることは、「お客様の要望に応えながらも、宏雅堂らしさを損なわないこと」。特に、直接取引で顔の見えるお客様の注文は創作意欲を強く掻きたてられるといい、「字書で字の整合性を確認するのはもちろん、いかに宏雅堂としてのアレンジを加えることができるのかが彫刻士の腕の見せどころ。祖父の時代から継承されてきた宏雅堂特有の字体のクセがあり、これからも体現していくべき伝統だと感じています」と真剣な面持ちで話します。父親が彫ったお客様から新たに注文が入った時には、「父ならどう彫るだろう」と考えながら印章づくりをしたこともありました。
 時には父親の面影を思い浮かべながら彫る二宮さんの印章は、文字の美しさやバランスの良さで高い評価を得ています。さらに、柔軟に要望に対応する姿勢が信頼を生み、宏雅堂には多くの注文が入ります。かっこいい、かわいいなどの抽象的なイメージを具現化するだけでなく、子どもの連絡帳用に直径6mmほどの訂正印サイズの印章や、細かなQRコードの印章を彫ったこともありました。「要望に応えながら、印面の枠内にバランス良く字を配置することは難しいですが、お客様に喜んでもらえることが、やはり嬉しいです。バランスと相性、美しさと実用性は、印章にとって欠かせません。これからも追究し続けていきたいです」。

新たな手法の中にも変わらない想い

 家業に入ってからは、SNSやWEBサイト展開を進め、時代に即した販路拡大に努めてきた二宮さんは、「直接やり取りができるWEBサイトでの注文は、対面販売と変わらないやりがいがあります。リピート率の低い印章にもかかわらず、少しずつリピート注文も増えてきているのは、小さな店だからこそ。すべてのお客様を把握することができ、丁寧に対応してきた結果だと感じています」と手応えを教えてくれました。
 さらに、2020年(令和2年)には、英語・フランス語など全6ヶ国語に対応したWEBサイトを開設。印章を楽しんでくれそうな客層のある国をリサーチした上でサイト構築を行い、外国の人名や好きなものを、音や意味を大事にしながら漢字へ変換し、印章やデジタル印影にして販売しています。「デジタル化が加速したことが印章文化の妨げになっていると聞きますが、危機感はありません。どんなにデジタル化が進んでも、人との対話というアナログなコミュニケーションがなければ人は生きていけません。対面販売にこだわりを持っていた祖父や父のように、人との対話を通してお客様に喜ばれる印章をこれからも届けていきたいです」。
 積み重ねてきた努力と独自の感性を糧に、時代の流れに沿って印章の魅力を発信する二宮さん。その心のうちには、70年以上かけて受け継がれてきた宏雅堂の理念が脈々と流れていました。

作品紹介

企業情報

印章彫刻 宏雅堂

  • 住所

    山梨県南巨摩郡身延町車田37

  • 電話番号

    0556-37-0125

  • ファクス番号

    0556-48-8014

  • ホームページ

Facebook