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甲斐雨端硯本舗・雨宮弥太郎さん写真1

甲斐雨端硯本舗 硯匠

あめみや やたろう

雨宮 弥太郎

元禄3年(1690年)創業の甲斐雨端硯本舗 雨宮弥兵衛。13代目の硯匠である雨宮弥太郎さんは、硯を自身の心と向き合う「精神の器」と表現します。この地に根付き、職人たちの手により時代を越え受け継がれてきた雨端(雨畑)硯。雨宮さんは、どんな想いで日々硯と向き合っているのでしょう。

※山梨県郷土伝統工芸品は「甲州雨畑硯」で登録していますが、甲斐雨端硯本舗では、明治時代に啓蒙思想家・中村正直氏から頂いた「雨端硯」の名を登録商標として使用しているため、以下文中では「雨端硯」と表記します。

雨端硯を製硯する名家に生まれて

 かつて雨宮孫右衛門という人が、鰍沢の南にある身延山への参詣途中に富士川支流の雨畑の河原にて黒一色の石を見つけ、それを硯にしたことがこの地域の硯づくりのはじまりと伝えられています。後に将軍に献上したことでその名を広く知られるようになったという雨端硯。320年以上にわたり脈々と受け継がれてきた雨端硯職人の家に生まれた雨宮弥太郎さんは、幼い頃から先代である父・雨宮弥兵衛さんが硯と向き合う姿を見て育ちました。「高校生くらいから少しずつ手伝うようになりましたが、つくり方を教わった記憶はあまりありません。もちろん、仕上げなど繊細な技術が必要な部分は教えてもらいましたが、基本的には見て学んだというのが正しいかもしれません」と笑います。小学生の頃、父親に見せてもらった現代美術を紹介した書物と出会ったのがきっかけとなり、芸術の世界に強い憧れを持つようになった雨宮さん。高校卒業後は、東京藝術大学で広く彫刻を学び、中でも現代美術に関心を持ち、その世界に魅了されていったといいます。

現代美術と伝統工芸

 「硯は、伝統を礎にした現代彫刻である」。そう話す雨宮さんは、硯で墨を磨った時の感触、墨の香り、空間に響く音、そのすべてが芸術であると言います。雨端硯の原料となる粘板石は、「鋒鋩(ほうぼう)」と呼ばれる、墨を磨るときにヤスリのような役割を果たす石の粒子が一定であるため、墨液が濃くなるまでの時間が早く、硯に大変適しています。また、硯石のしっとりと柔らかな風合いがなんとも美しく、見ているだけで心が落ち着きます。「もちろん、墨を磨る時間とその実用性が硯の魅力ですが、それだけではなく、墨を磨るという時間は自然と心を安定させます。硯には、精神的なオブジェとしての魅力もあるのではないでしょうか」。現代美術に夢中になっていた時期は、彫刻と伝統工芸をまったくの別物として捉えていたたことを明かしてくれました。数々の芸術に触れ、ものづくりについて深く学び、何のために硯をつくるのか、そんな暗中模索の日々の末、表現ジャンルにこだわりがなくなり、「硯は伝統を礎とした現代彫刻である」という想いに辿りついたのだといいます。

日本文化を支えることへの喜び

 「まず頭でイメージして、それに合う石を探します。大変貴重な石ですから、理想の石に出会うことの方が難しいのですが、だからこそなるべく石を無駄にせず制作することを心がけています」。右肩でノミをしっかりと抱え込み、グッ、グッと低い音を立てながら力強く石を削る雨宮さん。図面等は一切なく、頭の中で描くイメージ画をもとに石と会話をしながら丁寧に成形していきます。石を削るノミには、幅や刃先の角度などが異なるものが幾つもあり、石の特性や削る場所によって持ち替えたり細かく調整したりしながら作業を進めます。「できるだけシンプルな形を目指しています。しっとりと滑らかな質感を強調させた簡素で心が落ち着く品格のあるかたちが私の理想です。ただ、お客様の要望される具象的なデザインの硯もつくれなければプロとは言えません」と、雨宮さんはいいます。
 「控えめではあるけれど、確かに日本の大切な文化であって、それを支えていることにやりがいを感じます。これからも大事にしていきたいです」。そう話す雨宮さんの目からは、伝統工芸品である雨端硯を次代へとつなぐ強い意志を感じました。

一つの風景として子どもたちの記憶へ

 幼い頃からものづくりが好きだった雨宮さんは、父親から譲り受けた大工道具を使って、ものづくりに没頭していました。その楽しかった記憶が原体験として刻まれていると話します。「硯を次代につなげるのは私たちの使命です。子どもたちに理屈じゃなくて“楽しかった”という記憶を残していきたいと思い、10年ほど前からさまざまな活動を続けてきました」。
 毎年多くの子どもたちに、ワークショップを通じて硯の魅力を伝えています。以前は硯となる石を削るワークショップをメインにしていたそうですが、現在はほとんどの子どもたちが、墨を硯で磨るという経験をしたことがないため、実際に墨を磨ってもらう体験を重視しています。墨汁にはない墨の香りや色の変化を体験してもらい、豊かな時間、楽しかった記憶として硯と墨が刻まれることが何より大事であると、雨宮さんはいいます。控えめでありながら確かな存在感を放つ雨端硯は、きっとこれからも人々を魅了し続け、日本の文化として伝承されていくのでしょう。

作品紹介

企業情報

甲斐雨端硯本舗

  • 住所

    山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢5411

  • 電話番号

    0556-27-0107

  • ファクス番号

    0556-27-0607

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