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更新日:2016年2月5日

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埋蔵文化財センター_遺跡トピックスNo.0023宮沢中村遺跡

南アルプス市の遺跡

0006十五所遺跡-方形周溝墓-
0010大師東丹保遺跡-網代-
0108大師東丹保遺跡-遺跡から発見された地震のツメ跡-
0149大師東丹保遺跡-木製品-
0200大師東丹保遺跡-出土した種子は何?-
0259大師東丹保遺跡-下駄-
0287大師東丹保遺跡-扇子の骨組-
0357大師東丹保遺跡-洪水に埋もれた中期古墳-
0392大師東丹保遺跡-地震痕のある遺跡-
0017二本柳遺跡-木棺墓-
0122二本柳遺跡-福寿院跡-
0164二本柳遺跡出土の擂鉢-
0276二本柳遺跡-火きり臼-
0023宮沢中村遺跡-昆虫・網代-
0051仲田遺跡-田んぼ-
0052百々遺跡-八稜鏡-
0065百々遺跡-錘-
0066百々遺跡-馬の骨-
0101百々遺跡-洪水の跡-
0136百々遺跡-浄瓶-
0172百々遺跡-平安時代の住居跡-
0269百々遺跡-黒色土器-
0274百々遺跡-古代のウシ・ウマ-
0077善応寺遺跡-祭祀の水場-
0081油田遺跡-田んぼと木製品-
0144油田遺跡-木製竪杵-
0231油田遺跡-体験学習用の復元品-
0084堤防遺跡No.23-堤防の内部-
0409釜無川堤防跡遺跡-
0105石橋北屋敷遺跡-道路跡・区画溝-
0106村前東A遺跡-パレススタイルの壺-
0241村前東A遺跡-手焙形土器-
0250村前東A遺跡-住居跡-
0286村前東A遺跡-S字甕-
0139宮沢中村遺跡-茶碗の焼継ぎ-
0163大塚遺跡-約1,700年前の家の跡-
0168新居道下遺跡の住居跡-
0216長田口遺跡の鏡片-
0340向河原遺跡-水田跡と杭列-

宮沢中村遺跡〔みやざわなかむらいせき〕遺跡概要

宮沢中村遺跡は南アルプス市(旧甲西町)に位置する鎌倉時代から江戸時代の村の跡です。平成6年度(1994)および平成8年度(1996)に発掘調査がおこなわれました。

江戸時代は集落が形成されていましたが、富士川の度重なる水害のため、明治時代に現在の清水地区へ全村移転がおこなわれました。

発掘調査で発見された民家や寺社のあとは、土を盛り上げ周囲より高くして洪水に備えており、水害に悩まされた江戸時代後期の農村のようすを読み取ることができます。下層からは、鎌倉時代と推定される水田のあとや、杭や網代を用いた護岸施設などが発見されました。


所在地:南アルプス市宮沢字東宮沢

時代:鎌倉時代・江戸時代

報告書:山梨県埋蔵文化財センター調査報告書_第181集2000年(平成12年)3月刊行

調査機:関山梨県教育委員会・山梨県埋蔵文化財センター

宮沢中村遺跡全景

遺跡全景

宮沢中村作業風景

調査風景

宮沢中村調査風景

作業風景

出土した遺構・遺物

網代

宮沢中村網代

写真の網代は現在県立博物館に一部展示中です。

写真は宮沢中村遺跡から出土した杭列と網代です。

杭列の東側は、平坦な粘土面であったことから水田と、西側は砂利層であったことから川であったと推定されます。

これらの出土状況から、杭列と網代は水害から水田を守る護岸施設であったと考えられています。

時代としては、宮沢中村遺跡に隣接する鎌倉時代の大師東丹保遺跡からも、同様の杭や網代が出土していることから、ほぼ同時期のものと思われます。

昆虫

宮沢中村昆虫

(左から、ヒメコガネ・ドウガネブイブイ・シロテンハナムグリ・タマムシ)

宮沢中村遺跡は湿地帯であったことから、たくさんの自然遺物が出土しています。

松ぼっくり、桃や梅の種などのほかに、昆虫も大量に出土しました。

なかでも、もっとも多く出土した昆虫、ヒメコガネはマメ科の栽培作物や果樹につく害虫です。

また、写真のような甲虫類が多数みられる環境は、人口密度の高い集落によくみられることから、宮沢中村遺跡の周辺は、畑が多く、また人工密集度も高い環境であったということが昆虫からも裏付けられるのです。

江戸時代の宮沢中村集落の人々は、水害に備え、こうした害虫とも闘いながら作物を栽培し、日々の生活を営んでいたのでしょう。

 

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