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更新日:2016年11月15日

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No.0436甲府城下町遺跡(旧柳町一丁目)~町人地の土地造成~

 

甲府城下町の遺跡

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遺跡の概要

甲府城下町は甲府城とともに整備された近世都市で、御城を取り巻く武家屋敷と城下の最外縁部に展開する町人地で構成されます。

調査地点は、町人地の中を通る「甲州道中」と江戸時代前半以降に宿場町「柳町宿」として栄えた「柳町一丁目」が交差する地点に当たります。

柳町調査区全景

写真01(調査区全景)

 

発掘調査では、江戸時代初めころの町屋に関わる礎石建物跡、カマドや江戸時代前半頃の水利に関わる遺構などがみつかりました。江戸時代当初の地盤から何度も盛土造成されて作られた生活面に遺構が作られているため、遺構や遺物は廃絶時のままパックされたように残っていました。

今回の遺跡トピックスでは、町屋における土地の造成にみえる土地利用の変化点を紹介します。

 

 

所在地:甲府市中央二丁目12-19

 

時代:近世

報告書:『甲府城下町遺跡(旧柳町一丁目地点)』山梨県埋蔵文化財センター調査報告書第308集2016.3

 

積み重なる生活面

旧柳町一丁目地点の発掘調査では、江戸時代初期~幕末にかけての遺構を3つの生活面にかけて確認しました。一番古い中世~江戸時代初期の生活面は、甲府城下町のもともとの地形・地盤の上に作られています。そのあと、江戸時代前半に作られたと思われる水利に関わる遺構は、江戸時代初期の生活面から約30~40cmの厚さで土が盛られた後に構築されています。江戸時代後半~幕末の遺構はさらに約20cmの厚さの盛土がされています。このように新しく土地利用が進むにつれて土をどんどん上に盛っている様子がみてとれます。

基本土層

写真02(基本土層)

土地造成と災害の記憶

発掘調査で出土した陶磁器類は、被熱したものが大半を占めます。写真は火を受けて変色した筆立てです。陶器に施された釉薬がひび割れて、表面には高温で溶けた土がこびりついています。

陶器

この陶器は18世紀後半頃に製作されたものです。文献史料を見ると、享和三(1803)年に甲府城下町のうち四十四町を焼く大火があった記録があります。土地の造成はこうしたタイミングで行われることが多くあり、土地の造成と災害、陶磁器の年代や状態がリンクして、土地利用の変遷や甲府城下町遺跡における実年代の推移を考えることができます。

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