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更新日:2016年2月5日

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遺跡トピックスNo.0038甲府城下町遺跡

甲府城下町の遺跡

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甲府城下町遺跡は近世の甲府城を中心として成立した武家屋敷や町人地を含む城下町遺跡です。県指定遺跡甲府城跡(現状は都市公園舞鶴城公園)を中心に、半径1km程の範囲に広がっています。この甲府城下町遺跡のJR甲府駅北口に近接した地点に新しい学習拠点を建設することに伴い、発掘調査が行われました。

調査は2005年・2006年の2カ年にかけて行われる予定であり、2005年度(平成17年度)は8月から12月にかけて発掘調査が行なわれました。


所在地:甲府市北口

時代:中世・近世・近代

調査機関:山梨県教育委員会山梨県埋蔵文化財センター

甲府城下町遺跡全景

[写真]甲府城下町遺跡全景(甲府北口地点)

遺跡周辺の歴史環境

今回発掘を行った地点はJR甲府駅から北に2km程のところにある、中世武田氏館跡の周辺に展開した『武田城下町』と、近世の甲府城跡周辺に展開した『甲府城下町』が重複した地点になります。この為今回の調査においても中世から近世までの屋敷区画の溝跡や井戸跡が発見されています。この地点は近世甲府城にあった柳御門(城の西側)・追手御門(城の南側)・山手御門(城の北側)の内、山手御門のすぐ北側にある山手小路・森下小路・立花小路に囲まれた位置にあります。城と近接した場所であり、武家屋敷が存在した場所に相当します。幕末期嘉永2年(1849年)の『懐宝甲府絵図』第一版(山梨県立図書館蔵)によると調査対象地には『嶌田[しまだ]』氏が居住していたとの記述がみられます。

発掘調査地位置図

[写真]甲府城下町遺跡位置図(甲府北口地点)

発掘された遺構

今回の発掘調査では井戸8基、溝状遺構28条、土坑17基、埋桶3基などが検出されました。井戸は素掘りタイプが4基検出され、この内2基は井戸桶が設置されていました(下写真左)。残り4基は内面に石積みを伴うもの(下写真右)でした。

甲府城下町井戸(桶)甲府城下町井戸(石積)

[写真]左井戸(桶)検出状況[写真]右井戸(石積)検出状況

 

近世、甲府の水は鉄気[かなけ]が強く、井戸を掘っても臭いがあり飲めないと言われていました。この為、城下町西を流れる相川と荒川の水を取水し、堰を通して城下町に碁盤目状に行き渡るよう工夫された「甲府上水」が敷設されました。これらの井戸はこの堰からの水を溜める為に使われたものと考えられます。

この甲府上水は流域の落差の少なさなどから、慢性的な水不足に悩まされ、上流にある武家地と中下流にある町方の間や、相川や荒川の水を田用水として用いていた村方との間での紛争が数多く発生しました。

この水不足は明治時代になって、新上水路が建設されるまで続きました。

 

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