ページID:4531更新日:2026年10月1日

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遺跡トピックスNo.0062
笹見原遺跡(ささみはらいせき)

忍野村の遺跡

0062笹見原遺跡-墨書土器-

笹見原遺跡周辺航空写真

〔写真〕笹見原遺跡周辺航空写真

丸囲み数字は忍野村にある遺跡の登録番号です。

 

笹見原遺跡は、忍野村忍草地内、鳥居地峠南麓の斜面にあります。県道山中湖・忍野・富士吉田線建設のため、平成9~11(1998~1999)年度に発掘調査が行われました。

遺跡では地表下約1mの地層から平安時代(約1,000年前)の集落が、さらに約3m下の地層から縄文時代早期(約9,000年前)の集落跡がみつかりました。

平安時代の富士北麓地域には東海道と甲斐国の国府〔こくふ〕を結ぶ官道〔かんどう〕が通っていまた。(トピックス0029滝沢遺跡参照)この官道は山中湖の西側から笹見原遺跡のある鳥居地峠を越え、富士吉田市明日見を通過するという説もあり、笹見原遺跡で発見された平安時代の竪穴住居跡は、当時の官道沿いに広がっていた集落の一部の可能性も考えられます。

 

所在地:南都留郡忍野村大字忍草

時代:縄文時代早期、平安時代

報告書:笹見原遺跡埋蔵文化財発掘調査報告書2003(平成17)年刊

忍野村教育委員会笹見原遺跡発掘調査団

平安時代の住居跡からみつかった「水神」墨書土器

平安時代の住居跡から発見された「水神」墨書土器

〔写真〕平安時代の住居跡から発見された「水神」墨書土器

 

写真は笹見原遺跡の平安時代(今から1,100年前)の住居跡から出土した「水神」「可」と墨で書かれた皿です。笹見原遺跡がある鳥居地峠南麓の南側には当時、宇津湖という湖が広がっていたといわれ、笹見原遺跡は宇津湖畔に面した集落でした。平安時代の笹見原遺跡に住んでいた人々は、人の力だけでは防ぎきれない自然の災害を鎮めるため、また、水の恵みにより作物の豊かな稔りがもたらされるように、宇津湖の「水神」に祈りをささげていたと考えられます。

 

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