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更新日:2016年12月8日

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 「山梨の文化財ガイド」 登録有形文化財(建造物)

 

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TY0081

国登録 有形文化財(建造物)

 相原家住宅外観

正面外観

相原家住宅大広間

2階の大広間

  • 相原家住宅主屋(あいはらけじゅうたくしゅおく)

平成28年11月29日登録

所在地 甲府市御岳町2472

所有者又は管理者 個人

 

相原家(大黒屋)は、現在の当主で40代目といわれる旧家で、同家に所蔵される宝暦4年(1754)「神道裁許之状」によって、江戸時代には、相原因幡守が金櫻神社の神職であったことが知られる。

明治39年(1906)「甲斐国御嶽金櫻神社全景」には、金櫻神社の鳥居前に形成された門前町中央の現在地に、大黒屋の建物が描かれている。描かれた建物は、木造2階建で切妻造の大屋根をもち、南側と西側に庇を張り出した大規模建築であり、現存する主屋の前身建物と考えられる。明治39年(1906)には大黒屋で伊藤左千夫が歌会を開催したという。

なお、同図には大黒屋の北に駐在所、向かい側には劇場や郵便局が建てられ、西隣の松田屋も記されており、当時の金櫻神社門前の賑わいが窺われる。

また同家には、東京の丸睦・一心講から寄進された鏡(姿見)が残されており、御師家として昭和26・27年頃(1951・52)まで、東京などからの講集団が宿泊していた。したがって現存する建物は、旅館ではなく近代の御師住宅とみることができる。

建築年代は特定できないが、前掲の通り「甲斐国御嶽金櫻神社全景」に描かれた建物の建替えであった可能性が高いことから、明治末以降、まず東西棟が建てられ、その後、大広間を2階にもつ南北棟を新築したと考えられる。

全体の外観については、昭和61年(1986)に外壁と屋根、建具などを改修しているが、裏側には当初の外観が残されている。

以上、近世から近代にかけて金櫻神社の神職(御師)として大黒屋を営み、講集団を受け入れていたことが確認できる点が重要であり、50畳の規模をもつ2階大広間は、そうした講集団を収容する部屋として建設されたと考えられる。近代の講の発展と御師家の宿泊施設のあり方を知ることのできる建築遺構として貴重である。

 

 

 

 

 

 

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