今から700有余年前すでに、雨畑の硯が京都御所に献上されたとの言い伝えがありますが、 現在では、元禄三(1690)年、雨宮孫右衛門が身延山参詣の途中、富士川支流の早川河原にて黒一色の流石を拾い、これを硯にしたことが始まりとされています。
以来、硯づくりの研究を重ね、天明四(1784)年、将軍一橋公に献上したことからその名 が広く知られるようになりました。
中国硯にも勝る良石として古来からその石質が高く評価され代々数多くの硯工を輩出し、現在までその高い品質・技術が伝承されつくりつづけられています。