更新日:2025年3月27日
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働き始めたばかりの人にとって、奨学金返還の負担は小さくない。山梨県では最大120万円の奨学金の返還を県と企業が支援する「やまなし人材定着奨学金返還支援事業」をスタート。若者の経済的不安を軽減し、ライフプランを描きやすくすると同時に、企業の人材確保にもつなげている。
「月々の奨学金返還が負担」「将来の経済不安から結婚や出産をためらう」――そんな悩みに応えるため、山梨県では若者の奨学金返還の負担を軽減する新たな奨学金返還支援制度「やまなし人材定着奨学金返還支援事業」を2024年10月に開始した。
山梨県が実施した調査「やまなし人口減少危機対策基礎調査(経済要因)」(2024年実施)によると、県内の子育て世帯数は、2020年に6万6219世帯と2010年から約2割減っており、全国を上回るペースで減少している。
人口減少にはさまざまな要因があるが、奨学金返還の負担もその一因と考えられている。労働者福祉中央協議会が2022年に実施した「奨学金や教育費負担に関するアンケート」では、奨学金返済の生活設計への影響について、「結婚に影響する」と答えた人は37.5%、「出産に影響する」とした人は31.1%、「子育てに影響する」とした人は31.8%に上った。
こうした現状を受け、山梨県では若者の県内定着と中小企業の人材確保を促進し、さらには出生率向上につなげるために「やまなし人材定着奨学金返還支援事業」を立ち上げた。この事業では、山梨県で就職する35歳未満の人を対象に、奨学金返還を県と企業が半分ずつ負担する。8年間勤務すれば最大120万円の支援を受けられる。参加企業は2025年3月21日現在、34社に上っている。
やまなし人材定着奨学金返還支援事業 事業イメージ図
■やまなし人材定着奨学金返還支援事業
対象者:高専・専門学校・短大・大学・大学院を卒業し、2025年4月以降に就職する35歳未満の人
補助対象:日本学生支援機構奨学金(第1種・第2種)の在学期間中の借入額総額の1/2
補助上限:県と企業合わせて120万円
補助要件:県内に勤務かつ居住(10年間のうち8年間で満額支給)
定員:なし
山梨県ではすでに県の基幹産業である製造業を支援する目的で「山梨県ものづくり人材就業支援事業」を実施している。こちらは機械電子産業に就職する理工系学生を対象に、卒業前2年間分の奨学金借入額を県が支援。対象者や補助率が新しい制度とは異なるため、どちらも対象になる場合は条件を見比べるのがおすすめだ。2018年4月の就職者から支給を開始し、2021年4月までに50人以上が支援を受けている。
■山梨県ものづくり人材就業支援事業
対象者:理工系の高専・大学・大学院を卒業した3年以内の人
補助対象:日本学生支援機構奨学金(第1種・第2種)の卒業前2年間の借入額
補助要件:県内の製造業(機械電子産業の企業)に勤務かつ居住(10年間のうち8年間で満額支給)
定員:35名
就職者と企業それぞれの入口を設けた「やまなし人材定着奨学金返還支援事業」のホームページ。制度の紹介や登録企業一覧なども掲載されている
今回新たに「やまなし人材定着奨学金返還支援事業」を開始した背景について、山梨県多様性社会・人材活躍推進局の横井利幸さんは、「奨学金返還が若者の負担になっていることに加えて、企業の人手不足も深刻です。この事業は企業の人材確保にもメリットがあります。また、35歳未満が対象なので、卒業後に一度県外で就職した方が山梨県へUターンするきっかけになることも期待しています」と話す。なお、条件にもよるが、市町村独自の支援制度を満了後、引き続き、本事業の支援を受けられるなど柔軟な利用も可能だ。
現状、山梨県内出身学生のUターン就職率は約3割にとどまり、7割は県外に出たままか、他県で就職している状況だという。また、全国的に中小企業の人材確保は厳しく、「第41回 ワークス大卒求人倍率調査(2025年卒)」によると、大卒求人倍率は大手企業が約1倍なのに対し、従業員300人未満の企業の求人倍率は6.5倍と非常に高くなっている。
「山梨県ものづくり人材就業支援事業」を担当する秋山晃佑さんは、「実際に奨学金返還支援事業が、県内の企業に就職するきっかけになったという声もあります。こうした事業が若者に県内企業の魅力を知ってもらい、人材の定着につながればと思います」と力を込めた。
山梨県多様性社会・人材活躍推進局労政人材育成課地域雇用担当 主査 横井利幸さん(左)と主任 秋山晃佑さん(右)
県の担当者がこうした期待を語る中、地元企業からも前向きな反応が寄せられている。今回、「やまなし人材定着奨学金返還支援事業」の参加企業としていち早く名乗りを上げたのが、山梨県笛吹市の建設業者、株式会社飯塚工業だ。社長の飯塚潤さん自身が奨学金を借りて学び、40代まで返還を続けてきたため、奨学金の負担の大きさは身をもって体験していた。
「以前から経済的理由で進学を諦める若者を支援したいと思っていました。地方で働く魅力を伝え、若者が山梨で働き続けられる環境を整えることは、地域の企業の使命でもあると考えています」
実は同社では県が制度を作る前から、自社独自の奨学金支援を検討していた。そんな折に県の制度を知り、すぐに参加を決めたという。建設業は特に人材不足が深刻といわれているが、飯塚工業では採用活動に工夫を凝らし、新卒者を安定的に採用できているそうだ。特に効果を実感しているのは社内の若手が中心となり運用しているSNS。「応募者に当社を知ったきっかけを聞くと、Instagramで雰囲気が良さそうだと感じてくれた方が多いんです。一般的に建設業というと現場の力仕事をイメージされることが多いのですが、実際には多様な業務があり、その魅力をもっと知ってほしいですね」と話す。
飯塚さんは、「やまなし人材定着奨学金返還支援事業」のような県の制度は、大手企業のように独自の奨学金支援を簡単に実施できない中小企業にとって「非常に有益な取り組みだ」と語る。
「中小企業でも若者を経済的に支援でき、人材確保につなげられ、地域から人口流出も防ぐ効果も期待できます。県の窓口には、制度について親御さんからの問い合わせが増えていると聞きました。進学や就職の問題は本人だけでなく家族にとっても大きな関心事なのでしょう。奨学金支援をはじめとしたさまざまな支援が充実していけば、地方の未来も変わってくるはずです」
中小企業と自治体が連携して若者を支援する山梨県の奨学金返還支援事業は、地域全体で次世代の成長を応援する新たな挑戦といえるだろう。
株式会社飯塚工業 代表取締役社長 飯塚潤さん
山梨県で実施している奨学金返還支援は以下のとおり。直近の募集は終了している場合があるが、情報は随時更新予定。市町村独自の支援制度もあるので、合わせて確認しておきたい。
山梨県内に一定期間居住し、対象企業に勤務した人が大学等の在学時に貸与を受けた奨学金(既卒者の場合は返還残額)の返還を山梨県と就職先企業が120万円まで支援する。
製造業などの対象業種企業に就職し、県内で一定期間従事した場合に、卒業前2年間に貸与を受けた奨学金(既卒者の場合は返還残額)の返還を支援する。
県内で奨学金の補助・助成を実施している市町村を一覧で紹介。制度の概要や支援額、支援期間などは市町村ごとに異なるため、詳しくは各市町村に問い合わせることをおすすめする。
山梨県内で就職を予定している方へ向けた募集チラシ。対象者や対象企業、支援内容や支援の流れ、登録方法など返還支援制度の概要をまとめて紹介。
奨学金返還の支援を行う企業募集のチラシ。制度の紹介や対象企業、申請期間や支援の流れなど返還支援制度について紹介している。
私自身、学生時代に奨学金を借りて、長らく返還していた経験があり、就職活動当時このような支援制度があれば、選択肢の一つとして検討しただろう。就職先を決める要因はさまざまだが、自治体や企業が積極的に支援する姿勢は、働きやすい環境作りにもつながる。制度を活用する人や参加企業が増えれば、若者が安心してライフプランを描き、山梨県で生き生きと働ける人が増えていくだろう。
取材・文:古屋江美子(山梨県甲府市出身・やまなし大使)
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