今から約1000年前、御岳昇仙峡の奥地金峰山で水晶の原石が発見されたことが、甲府での水晶細工の起源といわれています。
江戸時代の天保五年(1834年)京都より職人が呼ばれて 金剛砂を用いて鐵板上で水晶を磨く事を伝えたとされています。江戸末期になると国内向け以 外に外国商館にも販売されたようです。

明治初期になると政府の勧業政策もあり、甲府に勧業場が設けられ、加工道具なども発達し、 明治中期になるとこれまでの水晶玉や水晶の置物に加え、ブローチ用の水晶のカットも始められた。

昭和初期には、研磨技術が大躍進を遂げ、パイプ、ブローチ、ペンダント、ネクタイピンなど様々なものがつくられるようになってきました。現在においては、国内最大の宝飾産地「山梨」 の発展を支える原動力となっています。

 

「山梨貴宝石」は、江戸時代から発展した、水晶研磨加工技術の継承と発展により、装身具、仏具、鑑賞用等の製品として、国内の他の地域には見られない産業集積地ならではの工芸品であります。

ネックレス、丸玉、念珠、各種切り子(カット)、カボッションなど、原石を何通りもの工程を経て、熟練した職人の手により、輝きある貴宝石に仕上げていきます。これらの貴宝石は人々の日常生活に豊かさと潤いをもたらすものです。

大量生産・大量消費の時代にない、深い味わいを持った工芸品として注目されております。