甲斐絹(かいき)のふるさと、山梨。

 全国でも高級絹織物産地として知られた、ここ山梨県郡内地域(富士北麓・東部地域)では、産地のシンボルとして『甲斐絹』という織物の名前がひんぱんに耳にされます。



 ではこの『甲斐絹』とは、いったいどんな織物なのでしょうか。

 おそらく名前を聞いたことはあっても、実際に手にとって見たことのある人は、山梨県の織物産地の中でさえ多くはないのではないかと思われます。
 実は、甲斐絹が最後に織られたのは1940年代のこと。甲斐絹は、羽織などの和服が日常的に使われていた時代の終焉とともに、姿を消してしまった織物なのです。

 ここでは、幻の織物ともいわれる甲斐絹がどのようなものだったのかを、解説していきたいと思います。


●・b斐絹の風合いと用途

 甲斐絹を手にとると、非常に軽く、平滑な薄手の生地でありながら腰があり、また独特の光沢とサラッとした風合いを持っていることが分かります。



羽織の裏地として使われた甲斐絹

 こうした風合いが好まれ、甲斐絹は羽織の裏地に用いられる高級絹織物として、江戸時代から昭和初期にかけて盛んに生産されてきました。

 上の写真では、裏地に青、紫の玉虫色の生地が使われています。これは経糸と緯糸に異なる色を用いた玉虫甲斐絹と呼ばれるものです。
 このように、見えないところに工夫を凝らす趣向は、奢侈禁止令によって表向きは質素にしなくてはならなくなった江戸時代の町民文化などに端を発するものといわれています。

 さて、このようなかたちで多くの人に愛された甲斐絹の風合いは、次の表にあるような、生地としての特徴によって醸し出されます。


●生地としての特徴

絹100%

経糸、緯糸ともに絹でできています。
先練り
織る前に、生糸を精練し、絹繊維(フィブロイン)に付着した膠質(セリシン)を除去します。
先染め
織る前に糸を染める「先染め」織物です。
無撚り
通常は糸の強度を増すために加える撚糸を行わないため、独特の光沢とサラっとした風合いが生まれます。
細番手
経糸は14〜21中2本、緯糸は21〜27中2本、という細い糸を使います。
※14中2本(じゅうよんなかにほん)とは、生糸の常態で9000mあたり14gの重さの糸を2本合わせたもの、という意味です。
高密度
緯糸を1寸(鯨寸=3.788cm)間に200〜280本という高密度で打ち込んだ緯構造の織物です。
平織り
通常は経緯が一本毎に上下する平織りで織られます。
 先練り、先染め、無撚り、細番手、高密度、というこれらの特徴は、一つ一つをとってみると通常の織物にも見られる普遍的なものですが、これらの特徴を全て兼ね備えることは難しく、非常に高度な技術が要求されるものでした。

 第二次大戦前後、織機や染色機などの自動化や機械化が進んでゆく中、熟練した職人が手織機を使い、手仕事でなければ織ることができなかった甲斐絹の製造は、次第に困難になっていったものと思われます。

 しかし、甲斐絹そのものはもう製造されていませんが、山梨県郡内の織物産地では、現在でも甲斐絹の伝統技術をしっかりと受け継ぎ、『先染め・細番手・高密度』の絹織物を得意とする全国でも有数の高級絹織物産地として知られています。


●製法上の特徴

 文献によると甲斐絹の製法は、「経(たて)は経枠(へわく)を用いてへるをよしとし、へて後練り、練りて後染、染めて後乾かし、乾かして後糊をなし、糊をなして後筬(おさ)ぬき、然る後これを巻く」とあります。

1 経づくり(経玉)
2 精練
3 染色
4 乾燥
5 糊付け
6 筬ぬき・濡れ巻き
7 製織 [絵甲斐絹の場合は平行して絵付け]
8 絹打(きぬた)

 甲斐絹の製法では、上図で経糸をあつかう部分(上図の1、6、7)で特徴的な工程が見られます。
 1つ目は、経枠(へわく)を用いて経玉(へだま)を作る経づくり、2つ目はお巻きを作る整経工程での濡れ巻き、3つ目は、製織と同時に並行しておこなう織機上での経糸への絵付け(絵甲斐絹の場合)
です。


濡れ巻き

 この中でとりわけ特徴的なのが、「絵甲斐絹」で見られる、織機上で経糸に加えられる絵付けの工程です。経糸だけに絵柄を付ける製法には、現在行われている「解(ほぐし)織り」もありますが、解織りの場合はいったん仮織りをしたものに絵柄を付けてからこれを解して経糸だけを織機に掛け直すのに対し、絵甲斐絹では、織機に経糸が掛けられたままの状態で型染めを行います。このため、解織りよりも経糸のズレ幅が小さくなり、輪郭明瞭な絵柄をなすことができます。


織機上での絵付け

 









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