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山梨県はぶどう、桃、すももの生産量日本一を誇るフルーツ王国。そんな山梨県で、すもも農家として独立し、家族4人で暮らす「あちこちふぁーむ」の中村竜輔さん。農業の繁忙期以外は、石和温泉のホテルでも働いており、二足のわらじで忙しい日々だ。山梨県を選んだ理由やこれまでの道のりを聞いた。
中村さんは東京都多摩市出身。高校卒業後は農業を志し、山梨県北杜市にある専門学校山梨県立農林大学校へ進学した。なぜ、農業をやってみようと思ったのか?
「自分のペースで働きたかったので、漠然と自営業がいいなと思っていました。会社員は自分に向いていない気がして(笑)。農業の担い手不足のニュースを見て、農業ならチャンスが多そうだと感じたんです」
身内に農業従事者はいないが、小さいころ、祖父母の家のすももの木に登って実を食べていたそうで、「今、すもも農家になっているのも何かの縁かもしれません」と話す。
高校3年生の夏休みに、長野県の高原野菜農家で約1カ月間の住み込みバイトを経験した。夜中2時頃からライトをつけて収穫するなどかなり大変だったが、とくに決意が揺らぐことはなかったそうだ。
山梨県笛吹市で「あちこちふぁーむ」を営む中村竜輔さん
農林大学校は他県にもあるが、進学先として山梨県北杜市を選んだのはロケーションだ。
「地元から離れるのが寂しかったんです。北杜市なら、東京都多摩市から1時間くらいで行けます。東京都に隣接していることが決め手になりました」
農業科には、いくつかコースがあるが、果樹コースを選んだのは、その年の志望者が少なめだったから。「落ちるとまずいなと思って。そこまで深く考えていなかったですね」と話すが、そこから果樹栽培に熱中していく。2年生のときには、栽培に取り組む決意をつづった作文が「第47回毎日農業記録賞」で優良賞を受賞した。
秋~冬は剪定の時期。伸びすぎた枝を切るなど手入れをする
農林大学校では授業の一環として、研修がある。中村さんも2年生になると、すもも・ぶどう・柿などを栽培する農業生産法人ふみしゅりで週1回の研修を始めた。
「学校の授業では、桃やすももを1人1本育てるだけ。仕事となればそうはいきません。学校で技術は学びましたが、働きはじめて本格的な農業を初めて体感した気がします」
研修中に「このまま働かない?」と声をかけられ、ふみしゅりに就職を決めたという。
1年間は社長の下で基礎を学び、2年目にはすもも畑を任された。パートのスタッフを束ねる農園長のような立場で働き、3年間の経験を積んだ後、2023年春に「あちこちふぁーむ」として独立した。
「果樹栽培は本当に楽しいですね。大規模な野菜栽培などは経営として安定するメリットがありますが、1パック数百円で売れる果物には、丁寧に手をかける楽しさややりがいがあると感じています」
すもも畑にて。奥は作業小屋。忙しい時期はここで夜中まで作業をする日も
独立については「研修時代から、会社には将来独立したいことは伝えており、理解してくれていました」と中村さん。独立時はふみしゅりの畑の一部を土地の借り主を変更する形で譲り受け、トラクターも譲渡してもらうなど、全面的に応援してもらったそうだ。
ハサミやはかりなど新規購入したものもあるが、山梨県の就農準備資金を利用したため、資金面で大きな困難はなかったとのこと。ただ、資金の申請には様々な要件があるため、就農前に早めにチェックしておくとよさそうだ。
独立した感想を中村さんは次のように話す。
「法人勤務と独立では、気持ちが違いますね。ふみしゅりさんでもかなり自由にさせてもらっていましたが、今はさらに自由です。繁忙期は、収穫や選果で作業が終わらず、夜中まで畑にいる日もありますが、自分のペースでやれる今のスタイルがとても気に入っています」
5月中旬から8月の繁忙期は畑仕事に専念。それ以外の時期は、石和温泉のホテルでフロント業務の夜間シフトを担当している。
育てている品種は、大石早生(おおいしわせ)、ソルダム、サマーエンジェル、貴陽(きよう)など。初夏~夏は旬のリレーが続く
「山梨県は東京に隣接しているので、商品を都内へ売りに行きやすいのも魅力です。ふみしゅりさんの紹介で青山ファーマーズマーケットにも出店させてもらっています。遠方から来る出店者も多い中で、車で2時間程度で行けるのは恵まれていますね。出店をきっかけに取引先が増えることもあり、たとえば鎌倉のケーキショップにも、うちのすももを使ってもらっています」
山梨県では、桃とあわせてすももを栽培している農家が多く、専業は珍しい。
「すももの生産量が多く、すもも畑が多い山梨県だからこそ、すもも農家として独立できたのだと思います。桃農家なら僕より長くやっていて、すごい実績のある方がたくさんいます。すもも専業農家という珍しさが、一つのブランドになっているのかもしれません」
青山ファーマーズマーケット。産直食材を求めるシェフもよく訪れる
学生時代を過ごした北杜市については、「今振り返ると自然が豊かで楽しい場所でした。動物も多く、猿、鹿、キツネ、タヌキ……など、クマ以外は一通り見た気がします」と懐かしむ。
就職を機に笛吹市へ移住。ほぼ同時期に結婚し、現在は2歳と4歳の男の子のパパでもある。就職当初は家族を養うため、副業で飲食店バイトも掛けもちしていたそうだ。「体力的には相当きつかったですが、『ここで辞めて他に何がある?』という気持ちでがんばってきました」
移住者に若い人が少なく、知り合いづくりには少し苦労してきたそう。「先日、移住希望者向けの交流会へ行ったところ、自分の出身地と同じ人がいて、話が盛り上がりました」と、今後の移住者コミュニティの充実に期待を寄せている。
家族4人暮らし。今は次男のイヤイヤ期で大変だそう
同郷の多摩市出身である奥さんは、子育てをしながら、高速道路のパーキングエリアで働いている。コロナ禍のせいで対面での交流の機会が減少したため、友だちがつくりにくかったという。ただ、最近はママ友マッチングアプリで友人ができ、楽しそうだという。
「山梨は自然が豊かで、子育ての環境としても魅力的です。整備された公園がたくさんある多摩市とは異なる魅力があり、自然と触れ合える環境が特徴です。週末は実家に帰省することも多いのですが、それができるのも山梨県だからですね。仕事柄もありますが、果物に困ることはありません。家族みんな果物が大好き。子どもたちは桃やぶどうが大好物です」
繁忙期以外は「石和温泉 楽気ハウス 甲斐路」に勤務。地域の人と働く楽しさがある
独立2年目の中村さん。描く理想へはまだ道半ばだと話す。
「将来的には畑を広げ、収益を上げたいですね。ホテルの仕事も楽しいですが、最終的には農家だけで食べていけるくらいになるのが目標です。それから、自分のような若者が、農業や山梨県の魅力を知って移住してくれたら嬉しいですね」
若くして独立できたのは、「周りの人に恵まれて運がよかったから」だと謙遜しつつ、「フルーツ王国の山梨県だからできた、というのもあると思います」と振り返る。
「独立を考えるなら、法人に勤めて地域に認めてもらうのが近道だと思います。ただ、これは自分の経験からなので、他にもやり方はあると思います。移住希望者向けの交流会などで話を聞くのも一つの方法ですね。僕自身も交流会などには“移住の先輩”として積極的に参加して、山梨で農業を始めることの魅力を伝えていきたいです」
「流れに身を任せて道を歩いてきただけなので、一つの例として参考にしてほしいです」と中村さん
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