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都内で予約の取れない人気整体師として活躍していた眞壁敏久さん。積み上げてきた実績を一旦リセットし、山梨県韮崎市へ移住した。「一流の整体師はどこでやっても患者さんが来るはず」と話す眞壁さんに、移住の理由や新たな暮らしについて聞いた。
韮崎駅から歩いてすぐの場所に2025年春に「眞壁整体院」を開いた眞壁さんは、東京生まれ、東京育ち。両親とともに韮崎市に移住してきた。
整体師になったのは、学生時代の大けががきっかけ。レスリングの試合中に首の骨を折ったのだという。
「体育学部だったので授業に出るのも難しくて中退しました。職を転々としていた頃、布団屋の営業で山梨県北杜市を訪れたら、お客さんが整体師で『あなたは怪我の経験があるから整体師が向いていると思う』と言っていただいて。単純だから『じゃあ、やってみようかな』と思ったんです」
たまたま山梨県という地で投げかけられた言葉をきっかけに、整体の道へ。専門学校に通いながら都内の整体院で修行を積み、2013年に独立開業。予約が取りにくいほど繁盛していた。
しかしコロナ禍をきっかけに、暮らしへの考え方が大きく変わった。
「緊急事態宣言が出たときに1カ月仕事を休んだんです。それまでは仕事一辺倒だったんですけど、立ち止まったことで、もっと自分の時間を大切にしたくなりました。それには家と職場が一体化した整体院がいいなと思うようになり、地方移住を意識し始めたんです。地方なら都内に比べてコストを抑えて理想の環境を実現できそうだなと思って」
眞壁整体院の眞壁敏久院長
当初は二拠点生活も検討していたが、行き来する暮らしでは地域に根づく姿勢が伝わらないのではないかと考えるようになった。「一流の整体師であれば、どこでやっても患者さんは絶対に来るはず」だと思い直し、移住してゼロから挑戦することを決意。東京では師匠のもとで築いた信頼もあり、集客の苦労はなかった。だからこそ、あえて環境を変えて一から始めてみたかったのだという。「東京の収入があったら甘えてしまう。だったら全部捨ててきた方がいい、と覚悟を決めました」
二拠点生活から考え始めたこともあり、都内からのアクセスのよい山梨県は自然と候補に挙がっていた。布団屋の営業時代にもこのあたりを回っていて、玄関先で気さくに話を聞いてくれる人の温かさが印象に残っていたという。いくつかの市町村を回ったなかでも韮崎市を選んだ理由は、たまたま訪れた武田八幡宮から見下ろした町並みが気に入って、ピンときたから。その足で韮崎市の移住相談窓口へ向かったそうだ。
母親はすぐに賛成したが、認知症の兆候が出ていた父親は移住直前に反対。しかし時間をかけて話し合い、納得してもらった上で一緒に移住した。
痛みをもみほぐすのではなく、骨格の歪みを修正するのが眞壁さんの施術スタイル
念願の整体院をオープンしたものの、最初は厳しい現実が待っていた。
「お客さんが来ないんですよ。誰にも知られていないから当たり前なんですけど、東京では経験したことがなかったので。1週間誰も来ないこともあって、さすがに不安になりました」
それでも続けるうちに、施術を受けた人がまた別の誰かに伝えてくれて、口コミが少しずつ広がっていき、半年ほど経つとかなり軌道にのってきた。何より大きく変わったのが眞壁さんの仕事に向き合うスタンスだ。
ナマケモノのかわいいロゴが眞壁整体院の目印
「東京にいたときは時間に追われていて、どこかピリピリしていた気がします。今は時間に余裕もあるので、ただ症状を治すだけではなく、一人一人の話をより深く聞いて寄り添えるようになりました。仕事のやり方が、真剣勝負の格闘技から、余白のあるプロレスへ変わったイメージです」
格闘技は勝負に集中し、全力でぶつかる世界。一方プロレスは相手の技も受けながら、互いのドラマを見せていく。症状を治すだけでなく、その人がなぜそうなったのか、背景まで含めて向き合うのが今の眞壁さんのスタイルだ。
職場と自宅が同じ場所にあるため、通勤のストレスはゼロ。東京時代の忙しすぎた日々を反省し、完全予約制にしていて、施術の合間にはハンモックで読書をしたり、図書館に足を運んだりしている。
「地元の人は『ここは夏暑いし、冬寒いし、寒暖差が大きくて大変』だと言いますが、四季をちゃんと感じられるのがうれしいですね。自然との距離がぐっと近くなりました」
「都内にいたときより自分の表情がやわらかくなった気がします」と眞壁さん
人間関係も韮崎市の魅力の一つだという。駅周辺にスーパーや飲食店が集まっていて、自転車で大体の用事が済む。整体院のあるアメリカヤ横丁は飲食店街でもあり、近所で顔を合わせれば自然と会話が生まれる。飲みに行けば誰かが「整体の先生だよ」と紹介してくれることもあるそうだ。
「移住者が多いから、誰でも受け入れようというオープンな空気があります。都会がドライな人間関係なら、こちらは少しウェット。でも決してウェットすぎない、ほどよい関わりが心地いいんです」
今年85歳になる眞壁さんのお母さんも「自然豊かな環境で暮らせて毎日幸せです」と微笑む。新たな土地での暮らしを、それぞれが楽しんでいる。
韮崎駅前は個性的な飲食店が集まり、移住者同士の交流も生まれやすいそうだ
整体院には今も都内から通ってくれる患者さんもいるそうで、眞壁さんは深い感謝を示しつつ、今後は山梨県内で人々の力にもなりたいと語った。
「山梨県は登山など、山や川、湖などでスポーツを楽しむ人も多い土地。そうした方にも、普通に生活していて身体に悩みを抱える方にも、山梨県の人の役にも立てれば、ここで仕事をする意味や自分の存在意義が出てくると思うので。どこに行っても治らなかった人が少しでもラクになってくれたらうれしいですね。ただ、やみくもに忙しくするのではなく、バランスを取りながらやっていきたいです」
地域貢献にも意欲的で、地域の空き家を巡るツアーのトーク会に参加し、自身の経験を語ったこともある。
「移住を検討している人にお伝えしたいのは、ぜひ時間をかけてリサーチして、何度も足を運んでほしいということです。やっぱりネットの情報だけだと見えないものも多いので。
あとは期限を決めるのもよいかもしれません。私は2月末に都内の店舗を締め、4月には韮崎市で開業すると決めていました。具体的な日を決めると本気度が増し、計画が進みやすくなると思います」
新たな土地でのゼロからの挑戦の先で、眞壁さんが手に入れたのは、仕事と暮らしの理想的なバランスだった。
整体院があるのは飲食店が並ぶ昭和レトロなアメリカヤ横丁内
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