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森の植物をハーブやスパイスとして使った菓子店「七十二(しちとに)」を山梨県富士吉田市に2025年4月にオープンした日比野由依子さん。この場所を家族での移住先とした理由や新たな環境がお菓子作りにもたらした変化、家族との暮らしについて聞いた。
大きな窓の外に広がる山々や木々。穏やかに時間が流れる店内には森の植物を使った個性的なお菓子が並ぶ。森の植物を使った菓子店「七十二-SICITONI-」の店主、日比野由依子さんは家族で富士吉田市へ移住。山梨県の起業支援金制度を活用して、2025年4月にこの店を開いた。
夫婦の仕事の都合で、愛知県や静岡県、神奈川県など、約7年間で5回の引っ越しを経験。なんと浜松市(静岡県)から東京都内へ新幹線通勤をしていた時期もあったという。
「意外となんとかなっていたんです。ただ、息子が小学生になるタイミングで、そろそろどこかの地域に根ざして 暮らしたいなと思って、夫婦でずっと話し合ってきました」と日比野さん。
もともと日比野さんはメーカーの会社員。最初は副業としてパティシエをはじめ、2020年に会社を辞めてパティシエとして独立。当初はオンライン限定で販売していた。
森の植物を使った菓子店「七十二-SICITONI-」店主の日比野由依子さん
「お互いいくつか候補地はあったんですけど、私は移住するなら 森の植物を使ったお菓子作りがしやすい山の近くがいいなと思っていました。富士吉田市に決めた理由は、標高差のある富士山麓ならではの面白い植生に惹かれたのが一つ。もともとこのエリアの植物は、取り寄せてお菓子に使っていたんです。
あとは夫が東京の会社に所属しながら在宅勤務をしていたので、必要な時に出勤できる距離であること。それから移住者が割と多く、開かれている心地よさも感じていました」
店を構えたのは耕作放棄地だった場所。眺望がよく、すぐ目の前にホオノキの花が咲く様子が気に入って決めたそう
森の植物を使うお菓子を考案したのは、愛知県に住んでいた頃のこと。
「農家を訪ねて野菜の種取りを見せてもらう機会があったんです。野菜が種を残す姿を見た時、出産直後だったこともあり、食べ物としか思っていなかった野菜が、命を残す生き物でもあると改めて意識するようになりました」
その後、興味は畑から森へと移り、森の植物をハーブやスパイスのように捉えてお菓子作りをスタート。移住と同時に実店舗のオープンを決意したのは、オンライン販売だけでは伝えきれない植物の魅力を伝えられる場所を作りたかったから。
お菓子は単に甘い、酸っぱいといった平面的な味ではなく、奥行きや時間的な変化を立体的にイメージして設計しているとのこと
「生きている植物とそれが食品として加工されていく過程を知ってもらえるラボのような場所を作りたいなと思って。だから見ての通り、ケーキ屋なのにショーケースがなくて、一番いい場所に並べているのは植物なんです」と微笑む。
富士吉田市での森に近い暮らしは、お菓子作りにも好影響をもたらしているという。
「植物は季節によって味や香りが変わるんです。たとえばクロモジは、春はちょっと甘みがあって、紅葉してくると柑橘っぽさが増します。ダンコウバイも春先は甘いので、その時だけ作るお菓子もあります。
山梨県に来てから、モモやブドウなど名産のフルーツも使うようになりました。森と畑の食材を組み合わせてお届けするのも楽しいなと最近思っています」
森の植物はそのまま大量に食べるのではなく、香りを抽出して利用するのが基本
店名の「七十二」は1年を72に細分した七十二候に由来する。「その季節、その瞬間に森にあるものを使って、一期一会のお菓子を届けたいなという思いを込めました。富士吉田市にきて植物の細かな変化を感じやすくなり、七十二候らしさが増したと思います」
お客さんから「食べる森林浴」といわれたことをきっかけに、日比野さんも自身が作り出すお菓子をそう呼んでいる。また、実際に森を歩いて植物の姿や香りを知ってからそれらを使ったお菓子を食べる「森林散策&デザート」を楽しむイベントも不定期で開催。参加者からは「森の見方が変わる」という声もよく聞くそうだ。
「森を歩くのはすごく気持ちいいですし、森で植物の様子を見て、見てきたものを実際に食べるという一連の流れを体験してもらいたいですね。植物の採取には森に風や光を通す役割があり、単なる食材として人間の都合でどんどん採取していいものではない。そんなことも伝えられたらと思っています」
香りの奥深さや複雑さに驚くケーキやプリン。プリンは富士吉田市のふるさと納税の返礼品にもなっている
日比野さんのこだわりは、森の味以前に「お菓子として美味しい」こと。
「私のお菓子が森に興味を持ってもらう入り口になればいいなと思っているので、見た目の美しさや味はすごく大事にしています。食べて森を豊かにすることが活動のモットー。美味しさの先で、森に興味を持ってもらい、それが森の再生などにつながっていくといいなと思っています」
日比野さんがお菓子に使う森の植物は、 山林管理の一環として採集されているもの。放置された山林に、木材以外の新しい価値を見つけたいと考えているそうだ。
富士吉田の店舗だけでなく、各地でワークショップも開催。写真は浜松市オーガニックカフェ&雑貨店「The Bridge(ザ ブリッジ)」 での里山の植物を使ったお菓子づくり。その地域ごとの風土を活かした「LOCAL WILD SWEETS」の開発監修はライフワークに
富士吉田に移住して感じたのは、町のコンパクトさだという。
「30分あれば市内を回れるくらい。町と人との距離がちょうどいいですね。地域の行事が頻繁にあり、伝統的なお祭りもあれば、新しく若い人たちが始めたイベントもあって面白いです」
移住当初は知り合いがいなかったが、今では歩いていると知っている人に会うくらい地域に馴染んでいる。
「富士吉田市には飲食店などの個人店が多く、まずはお店とお客さんのようなところから自然につながれます。シェフも多いので、情報交換を兼ねて森の植物について話すこともあります。移住者同士のつながりもありますね。ご近所さんも親切な方が多くて仲良くさせてもらっています」
店舗には遠方から足を運んでくれるリピーターも増えてきた
移住後は子育てと仕事の両立もしやすくなったそうだ。日比野さんの子育ては「大切に放置する」スタイルだという。
「野生の草木と同じです。好きに生きてもらいつつ、困った時はちゃんと寄り添う。植物も過保護に手入れされすぎているものより、野生のほうが香りもいいし、厳しい環境でも生きていける強さがある。人間も同じじゃないかなって思います」
息子さんの小学校は1クラス10人ほどで、以前住んでいたところと比べてコミュニティの規模は小さくなったが、友だちもでき、楽しく通っているという。
「休日には家族ぐるみで遊ぶ日もあります。あとは自然に囲まれているので、パッと思いつきで山登りをしようとか、湖に行こうとか、気軽に自然遊びができるようになりました」
庭の野草やハーブもお菓子に使っている
最後に家族で移住を考える人に向けて、こんなことを話してくれた。
「最初はやっぱりドキドキしていましたよ。でも私がその場所を否定しちゃったら、子どももつまらなくなると思うので、最初からとにかく目いっぱいこの町を好きになったり、楽しんだりしようと思って過ごしてきました。親が楽しむ姿勢を見せれば、子どももやっぱり町が好きになると思います」
仕事も子育ても自分らしいスタイルで軽やかに暮らしているように見える日比野さん。そんな日比野さんの作るお菓子は、富士吉田市の風土が宿ったナチュラルな美味しさ。「食べて森を豊かにする」という思いとともに、ここでの暮らしがゆっくりと根を張り始めている。
自分の役割を「忘れられがちな森の価値や面白さに気づいてもらう案内人」だと話す日比野さん
(外部サイト)スタートアップ支援情報発信サイト「STARTUP YAMANASHI」
(リンク:https://startup.pref.yamanashi.jp/)
山梨県は、豊かな自然と首都圏への近さを兼ね備え、水素・医療機器・半導体など先端産業の集積が進む地域として、新たな挑戦に絶好のフィールドだ。
県では、スタートアップ企業や新規事業展開を強力に支援しており、研究機関や企業との連携、資金調達、ビジネスマッチングなど、多面的なサポート体制を整えている。
ウェブサイト「STARTUP YAMANASHI」では、それら山梨県のスタートアップ支援に関するさまざまな情報を発信し、起業家の可能性を広げるきっかけを提供している。
「STARTUP YAMANASHI」は、山梨県のスタートアップ支援に関する様々な情報をお届けする山梨県公式のスタートアップ支援情報発信サイト
やまなし暮らし支援センター(個人専用)※山梨県が運営する相談窓口です。
〒100-0006 東京都千代田区有楽町2-10-1 東京交通会館8階(NPOふるさと回帰支援センター内)
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