将来の水素社会を見据えて次なる挑戦、発電機に見出した可能性気のことが気になって仕方がなかった。村から東京の秋葉原電気街まで出かけて、電子部品を買い付けに行った経験もあるという。大学の専攻も、自然と電気工学を選んだ。卒業後に入社した会社の仕事が減り、大学の恩師に転職の相談に行った。恩師から「甲府の酒屋の次男坊が工場を建てて何か作るらしい。行ってみないか」と紹介された先がPNPだった。佐藤さんは「その『次男坊』の兄というのが偶然私の飲み仲間で、びっくりしました」と不思議な縁を語る。今でこそ韮崎市に大きな社屋と研究棟を構えるPNPだが、佐藤さんが入社した1986年当時、古屋賞次社長(現会長)と数人の社員が二階建ての社屋で働く小さな会社だった。会社が発展し、古屋さんと佐藤さんの夢も次第に膨らんでいく。「自社ブランド品を世に出したい」と目標に据えたのが、水素燃料電池の開発だった。 「将来の水素社会を見据えて知識を得るように」。古屋さんの指示で受講することにしたのが、山梨県と山梨大学が2016年に開講した「水素・燃料電池産業技術人材養成講座」だった。当時はまだ具体的な開発目標があったわけではなかったが、古屋さんも含めて毎年数名が受講した。2020年に受講した佐藤さんは「事業化にあたって大切なのは、お客様の困りごとに向き合うことだと学んだ」と話す。今では、受講を終えた技術者や営業担当者が集まるOB会(やまなしHFC研究会)も立ち上がり、佐藤さんはその発起人としてここ数年、運営に関わっている。年に一度の定期総会と懇親会には大学の教員や山梨県の職員も顔を出し、業種の垣根を越えた情報交換の場となっている。「異業種の視点も、事業化には欠かせません」と佐藤さんは言う。燃料電池自転車は、規制の壁にぶつかり開発は中断している。そこで、佐藤さんたちが取り組んでいるのは500ワットの中型燃料電池発電機だ。100ワット程度の小型機に比べて、500ワットであれば工事現場やイベント会場など、より実用的な場面での活用が見えてくる。工事現場では信号機や照明の電源として、イベントでは、ガソリン発電機に代わるものとして期待されている。佐藤さんは昨年の夏、祭りでにぎわう甲府市の春日通りに50台ほど並んだキッチンカーを一台一台 訪ね歩いた。「ガソリン発電機は匂いもあるし、何より音がうるさくて……」どの店主からも、似たような本音がこぼれた。佐藤さんはキッチンカーの製作工場にまで足を運んで、現場のニーズを聞き取った。いま佐藤さんは、静かでクリーンな燃料電池が暮らしのすみずみに行き渡る未来を思い描く。実証で得た技術と、講座やOB会を通じてつながった人の輪を頼りに、次の一歩を踏み出そうとしている。佐藤さんは約20人の燃料電池開発チームを率いている夜になると社屋のPNPのロゴの周りを星型に彩るプロジェクター投影。この動力源は燃料電池発電機だ(同社提供)19
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