しかし、ある日ひとつの転機が訪れる。きっかけは、一人の学生との出会いだった。2009年に始まった東京造形大学との産学連携コラボプロジェクト。家業を継いだものの専門知識が足りない若手後継者と、織物を学ぶ学生がお互いに情報交換をする場であり、マッチングした人同士で商品開発を行う試みだった。加々美さんのもとにやってきたのが井上綾さん。学生らしく提案はいつも型破り。だが、加々美さんはどんな無茶振りにも丁寧に応えた。指導にあたったテキスタイルデザイナー・鈴木マサルさんと「ハタ屋は学生が言ったことに絶対にNOと言わない。できないと言った瞬間にチャレンジは終わりだから」と約束していたからだ。試行錯誤の末、当時女子高生らがお守りを身につけていたのをヒントに、「おまもりぽっけ」という商品が生まれた。金襴緞子が醸し出す渋い和のテイストから飛び出したポップな意匠。これが新ブランド「ながる。「毎日が吉日」を名称の由縁とするブランドはその後、富士山や松竹梅といった縁起ものをモチーフとした「御朱印帳シリーズ」の大ヒットを生んだ。かつて問屋の陰に隠れていた機屋が、自らの名前で指名されるブランドを持った瞬間だった。かつては当たり前だった機織りの音が、街から消えつつある。加々美さんは3年前、移転した事務所の2階に60人規模を収容する広々としたホールを設けた。地kichijitsu」の立ち上げにつ元小中高生の社会科見学を無料で受け入れ、工場を案内する。工場見学とワークショップができる貴重な場所となっている。「もともと、人前で喋るのは得意じゃないんです。でも、俺がやるしかないかなって」地域の子どもがこの産業を知り、布に触れ、この街の伝統の音を聞くこと。それが未来につながると信じている。産業の現実は、決して甘くない。コロナを乗り越えた今も、職人の高齢化による機屋の廃業は続いている。新しい機械を導入するには、1台1000万円以上の投資が必要だ。かつて機屋が密集していたエリアも住宅地化が進み、市の条例や騒音問題によって、夜間操業ができなくなった機屋も少なくない。職人の育成には最低でも3年はかかり、体系的に学ぶ学校も、資格制度もないのが現状だ。設備投資と人材育成、目に見えない費用がかさみ続ける。加々美さんは今、機屋の未来を守るため、できることを模索し続けている。それは、この地でしかできない織 物があるからだ。他の産地で同じ糸を使って、同じように染めても、色の深みと風合いが違うと言われている。「富士山の水で染めています」とわざわざ言わなければ、見た目には分からないほどのわずかな差かもしれない。けれど、その違いは確かに存在する。「富士山の麓で織物を作ってるのは、世界中探してもここだけですから」ガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャン。雄大な富士山の麓で、伝統を紡ぐ音は、今日も明日も、機屋の誇りとともに響いている。子どもに、音を事務所2階に新設したホールで見学者を受け入れているブランド「kichijitsu」の「おまもりぽっけ」(左)と「GOSHUINノート」19
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