fureai.vol88
19/24

素材に選んだ石は水晶。酒井さんは、切子の一部の技術を用いて、ガラスのような透明感を持つ水晶に雪の結晶の模様を刻もうとした。しかし、固い石に線を刻むのは、予想以上に難しかった。一方で、深澤さんがやって見せると、筆で絵を描くように水晶に結晶が浮かび上がっていった。「中心に深みをもたせて」など、深澤さんのアドバイスをもとに、酒井さんは作品を懸命に仕上げた。そうして完成した作品は、展示会のポスターのメインビジュアルにも採用された。次第に、抑えきれない思いが胸を埋め尽くすようになる。深澤さんの下で働きたい、と──。そして、卒業年の3年生になった。酒井さんはある決意をする。「ダメもとで、『先生のところで働かせてくれませんか』って直談判したんです」だが、その場では返事はもらえなかった。「先生はお一人でできるわけですから、私は足手まといになるだけ。正直、難しいだろうなって」ところが、3カ月後に事態は急展開を迎える。深澤さんから、酒井さんの授業の様子を見て採用を決めたいと申し出があったのだ。そして、結果は見事採用。深澤さんは、当時についてこう語る。「技術のある人は他にもたくさんいます。けれども、彼女には素直さと、新しいことを吸収しようとする力がある。職人にとって、これはとても大切なことなんです」しばらくは「現実に起こったことだと、信じられなかった」という酒井さん。入社後、初めて工房の椅子に腰を落ち着けた瞬間、ようやく驚きが実感に変わり、喜びが込み上げてきた。入社1年目に出展した展示会では、自身が加工した作品がお客さんに購入されるという機会にも恵まれた。そんなある日、お客さんから持ち込まれた石の磨き加工を担うことになった。石にはすでに、深澤さんによる見事な切子が施されていた。磨き加工に使用する工具は、金属製やシリコン製など、石に応じて適切なものを選択していく必要がある。石の種類によって、硬度がまったく異なるからだ。「でも、その日トパーズだと思い込んでいたものが、実はフローライトという石だったんです」石を勘違いしてしまった酒井さんは、トパーズ用の工具を使った。結果、深澤さんが彫った切子を削ってしまったのだ。はっとした瞬間には、もう遅かった。手元には、〝ガタガタ〟に刻まれたフローライ叱し責せされなかったが、それがかえトが残った。深澤さんからは一切ってつらかった。「以来、必ず石の確認をするようにしています」深澤さんは、甲州貴石切子のアイデアを発案してから、実現するまで約25年を要した。酒井さんの道のりも、まだまだ長い。「こんなにきれいなものを、先生の代で途絶えさせたくない、絶対に受け継ぎたいって思います」今日も酒井さんは、己の腕を磨き続けている。             きっ今後は修練、修練、修練いつかは切子のカットをしたいと願いつつ、磨きに取り組む今も「先生」と呼ぶ深澤陽一さん(左)と工房で19

元のページ  ../index.html#19

このブックを見る