とうの意味)と言われると私も幸せな気持ちになれるから」出身はタイの首都・バンコク。日本のアニメが大好きで、高校時代は「セーラームーン」の魔法ステッキやぬいぐるみを買うほど夢中になった。「いつか日本に行きたい」。夢をかなえたのは34歳の時。「人混みだらけのバンコクのような東京や大阪ではなく、自然豊かな山梨が大好き!ずっとここで暮らせますようにと武田神社にお祈りしました」。3カ月の語学留学を2年に延長し、2016年に知り合いの紹介で日本人と結婚した。 20年、ノラコンさんにとって大きな出来事があった。友人の70代タイ人女性が、がんになったのだ。「外国人が病気になったとき、一番の問題は日本語です。医師の説明が分からないから、通訳してほしいと頼まれました。私は日本語が下手だけど、泣いているおばあちゃんがかわいそうで、一生懸命やりました」辞書やインターネットで医療用語を勉強し、4ページの問診票と検査説明書を3日間かけて翻訳した。月1回の通院に付き添い、通訳として胃カメラやCTスキャンにも立ち会った。1年半後、医師から「がんは完治した」と告げられると、女性は診察室でノラコンさんの手を握り「コープクンカー!」と叫んだ。そんなノラコンさんの姿に心打たれた人がいる。山梨県国際交流協会の坂上敬子さんだ。「ののちゃんがしてきたことは、まさに県が設置する〝山梨県外国人地域生活サポーター〟の活動内容と同じでした」坂上さんの推薦で24年7月に同サポーターの委嘱が決まった。「報告を聞いて初めて、外国人住民の皆さんはこんなことに困っているのかと気付かされることが多いです。悩みを〝見える化〟して県と共有することで、きめ細かい支援につなげたい」(坂上さん)自身のFacebook「WeloveYamanashi」でも、県のニュースやイベント情報をタイ語に翻訳して発信している。「ののちゃんは〝光〟を発する人。 みんな、彼女の明るい人柄に集まってくるんです」(坂上さん)誰もが山梨で安心して暮らせるように、どんな相談にも元気な声で「OK!」と返事をする。見知らぬ土地で不安や孤独を抱えている外国人にとって、彼女は道しるべのような存在だ。坂上さんに背中を押されて出場したスピーチコンテストでは「幸せ」をテーマに話した。タイには「誰かが笑うと、もう一人も必ず笑う」ということわざがある。国に関係なく、みんなが助け合って幸せな世界をつくりたい。思いを込めて、マイケル・ジャクソンの「HealtheWorld」を歌うと、会場中が笑顔になった。ノラコンさんのサポーター活動は忙しい。でも、彼女は「マイペンライ!(タイ語で大丈夫の意味)色々な国の人と交流できることが楽しいから」と満面の笑みで話してくれた。春になったらレストランの仕事を少し休んで、大阪万博のASEANパビリオンにボランティア通訳として参加する予定だ。幸せの輪を広げるサポーターの委嘱状を手にするノラコンさんと坂上敬子さん(右)山梨県国際交流協会の冊子。ノラコンさんが出場したスピーチコンテストも紹介されていた19
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