ふれあいvol.73
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県が方針転換した経緯を追う職員5人だった「班」がいま25人に知事の電話夜8時過ぎにかかってきたたった1週間で始動した「やまなしホームケア」  山梨県は一貫して、新型コロナの陽性者を病院に入院させるか療養施設に入所させる「入院・入所」原則を貫いてきた。しかし、感染力が強いオミクロン株の陽性者は「恐怖を覚える増え方」(長崎幸太郎知事)をしていた。県は1月20日、従来の方針を180度転換させ、自宅療養を積極的に勧める新たなシステム「やまなしホームケア」を発表した。庁内で準備を始めて実施に移すまで、わずか1週間。関係者が口をそろえる「全力疾走」の実態を追った。 産業労働部長から突然呼び出された。2022年1月11日、産業労働部の内藤裕利理事は部長室に入るなり「コロナ対策の新しいチームの長をやってもらいたい」と伝えられた。その直前、産業労働部長のもとに総務部長が訪ねてきて、その人事を伝えてきたという。 その2日後の13日、県庁防災新館のホームケアを立ち上げるため与えられた期間はたった1週間。その間県庁で何が起きていたのか、その深層と真相をやまなし in depthから。会議室の一角に、内藤班長を含め5人からなる「ホームケア班」ができた。 週明けの24日には11人に増え、いまでは各部署から日替わりで職員が応援に入って総勢25人に。看護師4人が常駐し、チームのスペースはあっという間に会議室3室分の広さになった。長崎知事がこれまでの方針を転換し「やまなしホームケア」を発表したのは、ホームケア班発足から1週間後の1月 内藤班長はこう話す。 「ここにいる多くはこれまで医療行政と関係のなかった職員です。足りない点があれば補足したり、業務の進め方を改善したりしてきました。ここまで、あっという間の2カ月間でしたね」 この話には前段がある。もう1人、突然の連絡を受けた人がいた。内藤班長が産業労働部長から内示を受ける5日前の1月6日にさかのぼる。 1月6日、県医師会副会長の鈴木昌則医師のスマホに着信があった。電話の主は早口だった。 「あ、先生、長崎です。オミクロン株の陽性者が恐怖を覚えるほどの増え方をしています。このままでは医療崩壊をしてしまいます。自宅療養の方策を考えてもらえませんか」 長崎知事との面談は、1週間後の13日にセットされた。 鈴木医師はその日、急ごしらえした資料を抱えて知事室に入った。すでにオミクロン株の感染が拡大していた広島県と沖縄県で、自宅療養者が「入院・入所」者を大幅に上回っている現状を説明。山梨県内でも1日当たりの新規陽性者数が300人を超えるというシミュレーションも伝え「先手を打たないと、保健所や病院が機能しなくなり、必要な人に医療が届かなくなる『医療崩壊』が起きる」と説明した。 長崎知事は鈴木医師の話を聞き終わると、意を決したように話した。 「早急にやりましょう」 ちょうどこの日が、内藤班長以下5人によるホームケア班の発足日だった。 当時を長崎知事は振り返る。 「医療崩壊の危機が現実のものになり、これまでの『入院・入所』の方針は変えないといけない事態になってしまいました。あわせて、住み慣れたところで療養できたら、QOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)も高まるという思いもありました。自宅療養を選んでもらうために、インセンティブとして、1人当たり3万円を支給することも決めました。この金額は、宿泊療養で滞在する1人当たりのコストと同じ額です」18ホームケア班では多くの職員が対応に当たるホームケアの立役者の1人鈴木昌則医師やまなしin depthはこちらから20日だった。

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