ふれあい特集号vol.35(デジタルブック版)
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ことに慣れるに従い、紙の本の力も薄れていくでしょうが、もっと心配なのは、文学の素地が無くなることです。優れた作品は、作家のものすごい努力があるからこそ社会的にも評価されます。IT化によって安易に広まると、その関係性が壊れてしまいます。辻村 新聞もネットで見る人が増えていますが、それでは、自分の好きな記事しか目に入ってきません。私は新聞の良いところの一つは、一覧性にあると思っています。興味のある記事だけでなく、横の三面記事や生活記事にも目が行きそこから興味が広がったり知識が増えたりする。図書館もよく似ていて、書棚には、いろんな世界が詰まっています。たまたま自分の好きな作家の隣にあったからと手に取ったり、装丁に惹かれたから読んでみようと思ったりする。私自身がそうであったように、その本が新しい世界への入口になることがあります。阿刀田 それに紙の本は一つの美術品であり工芸品だと思います。装丁はもちろん、ページ構成やデザインなど細部に至るまで、実によく考え工夫して作っている。さらに箱に入っている本。言うなれば刀の鞘ですよね。程よくスーッと出てくるテクニックは非常に難しく、今も手作り。本当に見事ですよね。辻村 同感です。私も好きな本は図書館で借りて読むだけでなく、自分で手に入れたかったし、文庫版も欲しかった。それに、別の出版社から出るときは、内容は同じでも装丁が変わる。それを追いかけていくのがすごく楽しくて。そんな楽しみを教えてもらったのも、やっぱり図書館でした。阿刀田 私は図書館に大切なのは、人、本、建物の順だと思っています。心から本を愛し、読書を楽しみ、読書によって自分の実りを得て来た人、いうなればあなたのような人がいることが、この図書館にとって一番大切なことだと思います。辻村 山梨にはどのような印象をお持ちですか?阿刀田 とても面白く、多彩な文化を持っている県ですね。この山梨で1月からは文化の国体といわれる国民文化祭が11月まで通年で開催され、図書館も会場となる予定です。辻村 実は私、酒折連歌賞の選考委員をさせていただくことになって、生まれて初めて連歌に触れたのですがこの歳で新しい世界を知る楽しみを覚えました。私と同じように、国民文化祭が誰かの〝新しい扉〞を開くきっかけになれば良いですね。阿刀田 折しも、こんなに立派な県立図書館がオープンして、辻村深月さんという素晴らしい直木賞作家も誕生しましたから、〝新しい文化の風〞が吹くのではないかと。山梨県の文化が今後大いに発展していくと思います。03作家・県立図書館長阿刀田 高さん●Prole1935年東京生まれ。早稲田大学卒業後、文部省図書館職員養成所を経て国立国会図書館で司書として勤務。72年に退職し作家活動に入る。78年『冷蔵庫より愛をこめて』でデビュー。79年『来訪者』で第32回日本推理作家協会賞、同年『ナポレオン狂』で第81回直木賞、95年『新トロイア物語』で第29回吉川英治文学賞を受賞。2003年紫綬褒章、09年旭日中綬章を受章。現在、直木賞など多くの選考委員を務めている。12年4月、山梨県立図書館長に就任。●著作の紹介 『闇彦』新潮社刊幼い頃から「私」の眼前に見え隠れする不可思議な存在「闇彦」。それはどこから来て、何を伝えようとしているのか。人生の要所要所に現れる「闇彦」に導かれるように、「私」は神話と物語の淵源に遡っていく。短編の名手が初めて明かす物語の原点、創作の現場。「国際ペン東京大会2010」記念特別書き下ろし作品。国民文化祭への期待さや「青空の下で読書ができるんです」と阿刀田館長 (オープンテラスにて)

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