登 拝よし だ たい ない じゅ けいふな つ たい ない じゅ けい無戸室浅間神社富士山の自然の神秘が生み出した世界的にも希有な霊場 「吉田胎内樹型」は、1892年に富士講信者によって発見された。「胎内樹型」とは、富士山特有の流動性の高い溶岩流が樹木を取り囲んで固まり、樹木は燃えつき樹型に空洞化したもので、特に吉田胎内樹型と船津胎内樹型は複数の樹木が重なりあってできた複合溶岩樹型である。船津胎内樹型を“旧胎内”、吉田胎内を“新胎内”と呼ぶこともある。 全長61mの最奥部に富士山の神さま「木花開耶姫命」を祀り、普段は非公開で、年に一度の胎内祭でのみ一般公開される。また周囲には60以上の樹型が点在し、吉田胎内樹型群として国の天然記念物に指定されている。28登拝前に、富士山の“お胎内”で生まれ変わりを体験する 江戸時代には、ふだん俗界に生きる人間が神聖な富士山に登拝する前には、まず麓の湖や湧水などの霊場で、身を清めていく必要があった。「胎内樹型」も、そんな富士山に特有の重要な禊ぎの霊場のひとつだった。 胎内樹型とは、富士山の噴火により誕生した世界的にも珍しい「溶岩樹型」という種類の洞穴群。なかでも内部が人の胎内に良く似たものが、富士講の行者により「お胎内」として神聖視され、洞穴内を巡拝する「お胎内めぐり」が行われた。特に吉田口登山道に近接していた「船津胎内樹型」と「吉田胎内樹型」は、富士登拝における一連の霊地に定められていた。船津胎内樹型は約340年前の江戸時代に発見された大規模なもので、複数の樹型が重なってできている。入口には「無戸室浅間神社」が祀られ、現在もお参りを済ませてからお胎内巡りを体験できる。洞穴内部に入ると、自然の造形の神秘にまず感嘆する。そこは、まさに生命誕生の源である母の胎内。奥に進むほど産道のように狭くなり、やがて再奥部にぽっかり開いた空間には富士山の祭神「木花開耶姫命」が祀られている。全長68mあり、父の胎内を経由し外界に出てくると、あたかもこの世に生まれ出たような感覚を味わえる。胎内巡りは、他にも安産祈願など、さまざまな意味をもって盛んに行われていたことが、当時の絵図からもわかる。 船津胎内樹型のある「河口湖フィールドセンター」の森では、溶岩樹型群のガイドウォークもできる。構成資産山頂へ至る道/吉田口登山道〜山頂構成資産5吉田胎内樹型船津胎内樹型
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