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更新日:2009年2月1日

やまなし感動再発見(酒折宮)

経緯

***「富士の国やまなし」には、感動がいっぱい!***
 県民の皆様から、ふるさと山梨に関して伝えておきたいことや自慢話など、とっておきの「感動」を募集しました。
 多くの応募作品の中から、よりすぐりのものを紹介します。

詳細内容

酒折宮の写真(JPG:97KB) やまなし感動再発見(酒折宮)

■解説■
 甲府市の東部にある酒折宮。近くには梅の名所不老園があり、2月から3月にかけて全国から集められた紅梅、ブンゴ梅など約3,000本もの梅が咲き、大勢の花見客で賑わいます。

■交通■
・JR中央本線酒折駅-徒歩5分→酒折宮(さかおりのみや)
・中央自動車道甲府南IC-25分→酒折宮

■応募者より■
 第12代景行天皇の時代(西暦111年)、皇子日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国地方を征伐した帰りに現在の酒折宮に立ち寄ったときに「新治筑波(にひばりつくは)を過ぎて幾夜か寝つる(新治や筑波の地を過ぎて、幾夜寝たのだろうか)」と歌に詠んだところ、そこにいた御火焼(みひたき)の翁(塩海足尼(しおのみのすくね))が「かがなべて 夜には九夜(ここのよ) 日には十日を(日数を重ねて 夜で九夜 昼で十日でございます)」と歌い返しました。尊はとても感動してこの翁を国造(くにのみやつこ-古代の地方官)に任命したという説話が『古事記』や『日本書紀』に記載されています。尊と翁のやり取りは連歌の起源とされ、酒折宮は「連歌発祥の地」といわれています。
 日本武尊は、しばらく酒折の地に滞在し、甲斐国内を巡視しました。尊が旅立つとき、火打石を入れていた「火打嚢(ひうちぶくろ)」を塩海足尼に授けて甲斐国の将来を托しました。この火打嚢は、尊が東国へ出発の際に伊勢神宮の倭姫命(やまとひめのみこと)から「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」とともにいただいたもので、東征の旅の途中、駿河国で火攻めにあわれた時に、剣で草をなぎ払い、火打石で向え火を放ち、難を免れたことで知られています。
 塩海足尼は、火打嚢を御神体として宮を建て、日本武尊を守護神として祭ったのが、酒折宮(神社)の起源です。境内には山県大弐撰の「酒折祠碑」や、本居宣長撰文、平田篤胤書の「酒折宮寿詞」の碑もあり、多くの歌人・国学者の崇敬を集めています。また、酒折は主要道路の起点でもあり、上代には甲斐の役所が置かれたところでもあります。享保年間には柳沢吉保が勅許を得て甲斐八景に選定し、明治13年には明治天皇が御巡幸に際して代拝したのをはじめとして、皇族方の参拝等もあった名勝旧跡の地です。

関連サイト

リリース日:2006年3月3日

交通のご案内(クリックすると拡大します)(JPG:29KB)
交通のご案内(クリックすると拡大します)

観光部観光振興課

甲府市丸の内1-6-1 南別館1F
TEL:055(223)1557
FAX:055(223)1558

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