ここから本文です。
更新日:2009年2月2日

(写真提供 忍野村忍草大森大一)
指定区分:国指定天然記念物
指定名称:忍野八海(おしのはっかい)
指定年月日:昭和9年5月1日
所在地:南都留郡忍野村
管理者:山梨県
忍野村大字忍草に点在する、出口池、お釜池、底抜け池、銚子池、湧池、濁池、鏡池、菖蒲池と呼ばれる湧泉八個を総称して忍野八海といいます。
八海は、富士北麓の名勝の一つで、桂川の水源として、また、忍野平野の住民の飲用・潅漑用水供給源として極めて重要な湧泉です。
また、忍野平野は、約一万年前に富士山系の地下水が山中湖面よりやや広い水面をもった忍野湖水に蓄えられていたと推定されており、湖底平野又は地質湖(化石湖)として学術上誠に貴重な場所でもあります。
富士山系の地下水は、富士裾野と御坂山脚との間の広い地下谷を流れており、地層不連続面や溶岩亀裂箇所、スコリア状溶岩穴部が存在すると、そこから噴水状湧泉となって出現します。これが、八海湧泉の基本的な成因と思われます。
〔出典: 『教育やまなし』No.198 2002(H14).3.10〕
指定区分:国指定天然記念物
指定名称:富士風穴(ふじふうけつ)
指定年月日:昭和4年12月17日
所在地:富士河口湖町(旧上九一色村)
所有者:山梨県
富岳風穴は、富士北麓青木ヶ原溶岩流の南辺にあります。
精進口登山道を暫く歩き大きな陥没穴から洞穴内に進むと、氷柱が無数にあり、まるで水晶宮の如き美観を呈し、床は長い年月をかけてできた厚い氷に覆われています。
洞穴の総延長は、230メートル以上、洞幅は5~10メートル、天井も高く平均5メートル前後あり、ほとんど直立のまま出入りできる規模の大きい熔岩洞穴です。
多量の氷を有していることは、数多い洞穴中富士風穴に及ぶものはなく、盛夏の時期でも融解し尽くすことはほとんどない、貴重な熔岩洞穴です。
〔出典: 『教育やまなし』No.167、1994(H6).5.10〕

指定区分:国指定天然記念物
指定名称:山高神代ザクラ(やまたかじんだいざくら)
指定年月日:大正11年10月12日
所在地:北杜市武川町山高
管理者:実相寺(じっそうじ)
このサクラは北杜市武川町(旧北巨摩郡武川村山高)に所在する日蓮宗大津山実相寺の境内南側にある。著しい古木として古来有名なものであり、大正11年(1922年)に史蹟名勝天然紀念物保存法により、サクラとして我が国初の国指定天然記念物となった。
山高神代ザクラの種類は、バラ科サクラ属のエドヒガン(江戸彼岸)とされている。平成18年(2006年)時点での大きさは、樹高が10.3m、根元周が11.80m、東西方向の根張りが17.3m、南北方向の根張りが13.0mと計測されている。
伝説によると、日本武尊が東国遠征の折、この地を通りかかり記念にこのサクラを手植えしたと伝えられる。また、その後日蓮上人がこのサクラの樹勢が衰えているのを心配し、その回復を願い快復したという伝承も残されている。江戸後期、嘉永4年(1851年)に大森快庵の著した『甲斐叢記(かいぞうき)』にも、「幾百才をへたることを知らず。・・・花時は遊人うちつづきて、たえまなし。朝日に、にほえるを見ふけりて暮にいたるものあり。ある者は寺院の座敷に宿り、ともしびをてらして夜の姿をめでるものあり、一樹の花、一幾千人のいつくしみを受くるを知らず。実に世の中にたぐい稀なる大桜なるべし。」と記されており、古くから名木として慈しまれてきたことがわかる。
1970年代から樹勢の衰えが懸念されてきたが、所有者および地域の方々の取り組みが継続され、平成14年(2002年)には旧武川村教育委員会により山高神代ザクラ樹勢回復事業検討委員会が組織された。その後、事業は北杜市教育委員会に受け継がれ、平成15年(2003年)から樹勢回復工事が実施され、平成18年(2006年)に4年がかりの工事が終了している。
[出典:以下を参考に記述]
『天然記念物山高神代ザクラ天然記念物再生事業環境整備工事報告書』
平成18年、北杜市教育委員会発行
『山梨の文化財(国指定編)』平成元年、山梨県教育委員会発行
ここまで本文です。
関連するよくあるお問い合わせ
このページに関するお問い合わせ先
より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください