ふるさと山梨-中学校版-(デジタルブック版)
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98甲 州 市2005(平成17)年に塩山市・勝沼町・大和村の3市町村が合併して誕生[ The city of history, culture and orchards ] 歴史と文化,果樹園のまちわたしたちのまち人口33,346人 面積262.01㎢ (H27.10.1) 甲州市は,甲府盆地の北東部にあり,日本百名山で知られる大だい菩ぼ薩さつ嶺れいをはじめとする,秩父多摩甲斐国立公園の一角をなす,秩父山系の自然景観に恵まれた風光明めい媚びな地域です。 北から東にかけては高い山並みがつづき,重おも川,笛吹川,日にっ川の流れにそった場所には,社会科の教科書などに紹介される,扇状地が見られます。市内の人口の多くは,その裾のゆるやかな傾斜地と,南西部にある平らな地域に暮らしています。盆地特有の内陸性気候を利用したぶどうや桃,枯こ露ろ柿がきなどの果樹栽培が盛んで,日本でも有数の産地です。 また,甲州市は小菅村,丹波山村,大月市,笛吹市,山梨市,埼玉県秩父市に接しています。市内には国道20号と411号,中央自動車道,JR中央本線が通っており,甲斐大和駅,勝沼ぶどう郷駅,塩山駅と三つの駅があります。地理的にも東京から100km圏内に位置する立地条件にあるので,観光産業や果樹栽培が年間を通じて盛んに行われています。武田の聖地甲州市 ~甲斐国の信仰と文化の中心地~ 甲州市は古くから信仰と文化の中心として重要な役割を担ってきました。平安・鎌倉の時代から続く神社・仏閣には,甲斐源氏,甲斐武田家と深い縁を持つものも少なくありません。 「放ほう光こう寺」「於お曽ぞ屋敷」「大だい善ぜん寺」「向こう嶽がく寺」「熊くま野の神社」など,平安末期の安田義定から武田信玄・勝頼に至るまでの,甲斐源氏ゆかりの史跡が多く残されています。信玄は「恵林寺」を自らの菩ぼ提だい寺じとし,「雲うん峰ぽう寺」「菅かん田だ天神社」を武運長久の祈願所と定め,「菅田天神社」には「楯たて無なしの鎧よろい(小こ桜ざくら韋がわ威おどし鎧よろい兜かぶと大おお袖そで付つき)」と呼ばれる武田家代々の家宝を納めました。また,「雲峰寺」には「諏訪神号旗」「孫子の旗」「日の丸御旗」など武田家の軍旗が残されています。信玄の死後,家督を継いだ勝頼は,長なが篠しのの戦いで織田・徳川の連合軍に大敗すると,甲州市大和町田た野のの地(今の「景徳院」)で嫡ちゃく男なん信勝や家臣とともに自決。甲斐武田家嫡ちゃく流りゅうの血は,ここで絶えることとなりました。(つながりP.40, P.41)恵林寺三門恵林寺三門に掲げてある「滅却心頭火自涼」は誰の言葉かな。どんな意味かな。

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